桜の記憶  prayer 30





パーティー出席の翌日… 昼近くに帰宅した司は、 何時もあるつくしの出迎えが無いことで、其の不在に気付く。



『… ったく、直ぐ向こうに戻るってのに。
 何してやがるんだ、あいつは…』


共通の部屋であるリビング・寝室と見て廻るが、何処にもつくしが居る気配は無く。
… そして、なんとなく感じる違和感。
昨夜から部屋を使用した形跡が全く無いことを、司は不審に思った。

シャツのボタンを外し首元と手首を解放させながら、つくしの自室へと向かう。

… 鍵がかかっている。

念のため扉を叩くが、やはり此処でも返事は無い。
使用人を呼び、鍵を開けるよう指示したところで、タマが悠然とした歩みで司に近付いて来た。


『つくしなら… 昨晩遅くに実家から呼ばれ、出かけましたがね』

『実家だぁ?』

『えぇ… おや、坊ちゃまは御存知無かったんですか。
 お互いの居場所が解らない… 連絡も取り合えて居ない夫婦なぞ、名前だけ… 他人も同然ですねぇ』


意味深なタマの言葉に、司が反応する。


『… あぁ?
 何か言ったか… ババァ?』


鋭い視線をタマに向け、威嚇のように声を低くさせながら呟く。
しかし、そんな司の言葉なぞにタマが動じることはなく、毅然とした態度で言葉を返した。


『そんな凄んで言ったところで、タマには通用しませんよ。
 怖くもなんともありません。
 … 今の坊ちゃまとつくしは、夫婦なぞで無いと申し上げているんです』

『…あぁ?
 何言ってんだ、解んねぇよ』

『そりゃあ、解らないでしょうねぇ。
 坊ちゃまはつくしのことを、全くご覧になってないのですから。
 … まあ紙切れ一枚出せば、世間的には夫婦ですけどね。
 人間… 男と女なんて、そんな簡単なモンじゃないんですよ』

『… 胸くそ悪ぃ言い方してんじゃねぇよ、ババァ!
 何が言いてぇんだ!』


司は突然、傍にあった花瓶を掴み取り、床へと投げつけた。
遠巻きに二人を傍観していた使用人たちから悲鳴があがる。

花瓶はタマのすぐ前で粉々に砕け散り、身体近くを掠め飛んだ破片のひとつが、タマの頬を薄く切りつけた。


『タマ先輩!』


使用人の一人が慌てて駆け寄ろうとするのを、タマは掌を向けて差し止め、司に対し厳しい視線を向ける。
そして小さく首を振りながら、呟きを零した。


『… まったく変わりませんねぇ、坊ちゃまは…。
 坊ちゃまもつくしも大人ですから… タマから申し上げるコトは何もありません。
 ただ二人が夫婦になるのは… 早過ぎたかもしれませんね』


そのまま司に背を向け、自室へと戻って行った。

タマの退散と共に周囲に居た使用人たちも、蜘蛛の子を散らすように仕事へ戻って行く。


ただ一人、司だけが其の場に残された。


『… ちっ、何だってんだ。
 ワケ、わかんねぇ…』



一人残された司は、解錠されたつくしの部屋に入る。


… つくしの自室に司が入るのは、此れが初めてであった。

何時も司が屋敷に戻る際は、つくしが必ず玄関まで、迎えに出て来ていたからだ。


逆に司が此の部屋につくしを迎えに来たコトなど、結婚してから此れ迄、一度も無かった事に気付く。



… 白を基調とした部屋。

性格なのか、片付けがきちんとされ無駄なモノが一切置かれていない。
姉の椿の部屋のような、女性の華やかさはあまり感じられず、化粧品や衣装などもシンプルな物ばかりで。
派手な装飾品などに至っては、認められる限り皆無であった。


『あいつ、こんな地味な部屋に居たのか?』



司は此の時改めて、つくしとの 「生活レベル」の違いを感じた。


どんなに金銭的な余裕があろうと、あいつは 「金の使い方」ってヤツを知らない。

NYに連れて行き共に過ごすコトになったなら、ギャップの大きさに互いが戸惑い、亀裂を生むだけだ。



… やっぱり、あいつを連れては行けねえな…。



司は改めて、自分がつくしに告げた言葉を肯定させる。



… NYには、連れて行かない。


… それは、つくしの為である。



自分の考え方は間違っていない… そう思った。




部屋を出ようと、踵を返す。

… 其の時ふと、微かな空気の 「流れ」を肌に感じた。



『… なんだ?』



改めて周囲を見渡す。

すると、扉と対角となる場所… 庭先を望む出窓から涼風が入り、薄布を淡く揺らしていた。



窓… 閉め忘れたのか…。



司は開いた窓に歩み寄り、静かに其の戸を閉める。


其の時、窓に近い場所に設置している机の壁に、一枚の絵画のようにコルクボードが掲げてあることに気付いた。


何の気無しに傍に行き、貼り付けてあるカードを覗く…。



……。


… 此れは?


『… 類、か…?』





※  同時期の司くんの様子です照れ タマさんにピシャリと言われて居るけれど… やはりつくしちゃんの気持ちには気付いて居ない様子。 さて此の後はどうなるでしょう? 感想コメント・いいねポチ頂けると励みになります。 よろしくお願いいたしますクローバー