桜の記憶  prayer 28





『… もしかしたら、そんな 「任せておけない」なんて理由… 綺麗事にする為の、口実にすぎないかもね』


類の呟きは続く。


『… 今でも思うよ。
 あの高等部の時… 一度繋がった手、どうして離してしまったのか。
 司の居なかった四年という月日に、何故、抱き締めてしまわなかったのか。
 … あの式の日。
 無理矢理でも、攫ってしまえば良かった… って。
 わかっていた… 自分の気持ちも、牧野の気持ちも。
 なのに…。
 お互い、想いを見つめること… 「常識」壊すコト、恐れて… 出来なかった。
 総二郎… さっきの 「世間体」ってヤツさ。
 でも… ダメなんだ… 彼女じゃなくちゃ。
 牧野が傍に居なくなってから、俺は… 情けないくらいに…』


… 其処まで言うと、総二郎から顔を背けるようにして、頸を垂れた。


『… 類…』


… 総二郎の中に、様々な想いが混濁する。

驚愕と焦燥… そして、羨望…。

自分にはきっと此の先の人生の中でも、此処まで一人の 「女」を愛するコトは無いように思う。

自分を賭してまで、愛する相手を想う気持ち。
自分にとっては… 想像だけの世界。
しかし類の姿を見ているだけで、切なくて… やるせなくて。

胸が締め付けられるような… そんな、苦しみ。


… そう。
此れは 「苦しみ」だ…。

恋愛なんて、男と女の駆け引きのようなモノ。  
… 悪く言えば、ゲーム感覚。

…そう、思っていた。


でも類とつくしのように、お互いを掛け替えのない者… 必要とする者と思えるような。
「男と女」では無く 「人間」として… 互いを欲しあう 「愛情」というモノがあるコト…。

そして… 其れを得る為に、踠き苦しむ二人。
そんな思いをしてまでも 「一人の相手」の「手」だけを求めて。

自分には縁のない想いだと思っても、そんな相手が居るということに、総二郎は素直に、類とつくしを羨ましく思う。


… もし此の二人が、共に人生を歩むコトが出来るのなら、何処よりも幸せな、愛情溢れる家庭を作るだろう。

今、道明寺家に一人佇む、つくしを思えば… 類の行動を推してやりたい気持ちになる。


……。


『… わかった。
 わかったよ、類。
 でも… 一人で司の所に乗り込むのは止めてくれ。
 … 俺も行く』

『……』


類はゆっくりと顔を上げ、総二郎を見詰める。
総二郎もまた、覚悟を決めたかのように、潤い豊かな黒い瞳を漂わせて、類と視線を合わせた。


『… わかんだろ?
 俺たちは牧野のお陰で、本当のF4になれたんだ』


類の瞳が、総二郎を見張る。


『お前や司だけじゃねぇ。
 俺もあきらも、牧野のコトは俺達なりの気持ちで大切に思っているんだ。
 あいつが、あの家で燻ってる姿なんて… 俺達だって見たくねぇんだよ』


小さく舌打ちしながら、呟いた。


『… でもな、類。
 司の愛情ってのも有るんだ。
 あいつだって、牧野に嫌気がさした訳じゃない。
 あいつなりに牧野のコト… 考えてる』

『……』

『… 司のやり方が、正しいとは思わない。
 でも、一度司と根詰めて話してから、其の先のことを考えてもいいと思うぜ。
 無理しちまったら… 司の立場だけじゃない。
 類… お前の立場も… そして牧野の立場も、危うくなるんだ。
 … 冷静になる為にも、俺を連れてけ』

『総二郎…』

『… 何が正しいかなんて、わかんねーけど…。
 お前と牧野が幸せになってくれたら、とは思う。
 ただ司を犠牲にした所で、お前らは… 本当の幸せを得られるのか?』

『……』

『… 慎重に行こうぜ、類。
 悲しみや苦しみは… 最小限にしたい。
 … 仲間… なんだから』


類は総二郎から、静かに視線を外した。
窓枠に肘を当て口元を掌で翳しながら、瞳を窓の外に向ける。

… 憂いの想いが滲む、背中だった。


『… 自分でも、わかってるんだ

 … 無茶なやり方だって』

『……』


類は総二郎から視線を逸らしたまま、再び呟き始める。


『それでも、もう… 諦められない。
 … 司があいつなり、牧野を愛しているのもわかるよ。
 でも其れは、彼女の欲しいモノではないんだ。
 俺なら解ってやれるのに… 幸せにしてやれるのに。
 そんなエゴばかり…  考えてる…』

『… 類…』


総二郎は類の肩に、軽く掌を置いた。
そして、躊躇いがちに口を開く。


『… お前が一番、牧野のコト理解してるって。
 前から思ってたよ… 其れこそ、高等部の頃から。
 … 俺は、お前に謝らなくちゃいけない。
 今回のコト… 司と牧野の擦れ違いを、俺は去年の秋には知っていた。
 ミラノで 「牧野に何かあったら」って、言われてたってのに。
 悪かったよ… 話だけ牧野に聞いて、再びあの家に帰しちまった。
 … 何もしてやれなかった。
 あいつが、助けを… きっかけを求めていたコトに。
 … 気付いてたのに』


つくしの姿を、無理矢理籠の中に押し込められ羽を捥がれてしまった鳥だと感じたことを、総二郎は思い出していた。

… あれから半年。

あの広い屋敷で孤独と闘っていたつくしを思えば、類から差し伸べられた掌を取った彼女を、責める気にはならない。


… 問題は司だ。

企業のトップとなり、多くの人間の人生を預かる立場になったと言っても、性格や気性はそうそう変えられるモノではない。
あきらから聞いた話だと、道明寺財閥の業績は今も、あまり芳しい状態ではないらしい。


つくしとのコトが相重なれば…。  


……。


… そして、司の相手は 「類」である。
司が 「かなわない」と思った、唯一の男。
… 此の二人が会う事で何が起こるかなんて、想像出来るものではない。


俺が行った所で、火に油を注ぐだけかもしれないが。


… 見届けたい…。


そう思った。


此の二人の… 類とつくしの 「想い」の行方を。


恋愛に関して、何処か淡泊な自分。
しかし二人を見ていて、何かが自分の中で変わって来ていると感じる。
此の、舵を失ったような自分の心の行方も、先が見えてくるかもしれない。

総二郎は何時の間にか、類とつくし… 此の二人の未来に、沢山の小さな希望を託していた。


… 類の携帯から、着信音が響く。
別の車で移動する、田村からだった。


『間もなく成田に着きますが… お話は出来ましたか?』


類と総二郎は、顔を見合わせた。
類の唇が、何かを言いたげに、微かに動く。
しかし考え直したのか、小さく首を振り唇を閉じた。


『… ああ、話せたよ。 大丈夫…』


類は其れだけ告げて、通話を切る。
そして改めて総二郎に向かい、言葉を発した。


『今も俺なんかより、牧野が心配なんだ。
 今日だって、無事に帰れたのか… そして此の先、無理すること、無いだろうか… って』





※  類くんと総ちゃんの対話が続いております照れ 感想コメント・いいねポチ頂けると嬉しいですおねがい よろしくお願いいたしますクローバー