桜の記憶  complex 7





類は総二郎を宥めるかのように、徐に彼のグラスにワインを注ぎ。
其処へ自分のグラスの縁を寄せると「カチン」と軽やかな鳴音を響かせた。

そして、其の残響がこだまする中で…。


『… 大丈夫だよ』


… そう小さな声で呟き、総二郎に笑いかける。
そう言われてしまったら、総二郎もそれ以上、類に対し何も言えなくなった。


だが、総二郎にはもうひとつ、新たな不安が湧き起こっていた。

…「つくし」だ。

類の気持ちは、解った。
苦しい選択をしたことも理解出来る。

しかし、つくしは…。


あの結婚式の晩のつくしの態度は、類に対して明らかに特別な感情を懐いているモノだった。
多分に其の想いを懐き続けながら、あいつは今、司と共にいる。
つくしの性格から云って、そんな「生活」は続けていけるものなのか?


… あくまでも、総二郎の憶測だ。
今、類に、つくしの想いを尋ねることもない。

ただ… 何故こんなにも、違和を感じるのか。
何かが起きてしまいそうな… そんな、苦々しい予感。

総二郎の心には、三人の此の先を思うと暗雲が立ちこめる…。



… そして現在(いま)見せられた、つくしの此の表情。
類を欲する想いが滲み出ていて… 総二郎は居たたまれない気持ちになる。

しかし、類の言うとおり「今更な話」なのだ。
類もつくしも、今となっては想いに封をするしかない。


… 類。
もう少し早く、気付いてやれたなら…。

…「親友」… か…。


ミラノの夜… 類は最後に、こう言った。


『総二郎… お願いがあるんだ』

『… なん…?』

『牧野のこと…。
 何かが、あいつにあったら… どんな事でも構わない。
 … 知らせて欲しい』

『……』

『やっぱりイタリアは、遠いんだ。
 彼女を守りたいと思っても… ラグが出るのは否めない。
 俺… あいつに何かあったら。
 すぐ助けに… 行ってやりたいから…』

『… わかったよ。
 俺に出来ることなら、何でもしてやる』

『… ありがと。
 総二郎、俺ね… 
あいつに笑顔でいて欲しいだけなんだ。
 ホント… それだけ』

『あぁ… わかってる…』


そう応えると、類は晴れやかな笑顔を見せた。

… 他人の幸福を願う、純真な笑顔。

総二郎は、不可能なコトだと解ってはいても、類の「本当の願い」が、何時の日か叶って欲しい… と。
此の時、切に… 思った。

…「親友」として。




『… でもさ、しようがないじゃない。 

 日本に帰って来て… なんて、言えないもん』

『!!』


つくしの声に、ハッとする。

…「誰」に対しての、願いなのか?


『だからって… 夫婦になってから数える程しか会ってないなんて、それはやっぱり変だよ。
 結婚前より少ないじゃない。
 道明寺さんも、つくしも、寂しくないの?』

『寂しい?』


優紀の問いにつくしは、驚きとも疑問ともとれる表情をした。

そのタイミングに合わせたように、注文した食事が運ばれてくる。
話は一旦、其処で中断された。


『わぁ、おいしそう!
 さ、優紀、食べよ。 西門さん、先に頂くね』

『あぁ、どうぞ』


… 早く其の話題を、打ち切りたいのだろうか。
慌てた様子で食事をとろうとするつくしを、優紀と総二郎は顔を見合わせながら、物憂げに見つめた。

食事を終え他愛もない話を三人でしていると、つくしの携帯の呼び出し音が響く。
つくしはディスプレイに映る名前を確認し小さく溜め息をつくと、携帯をバックの奥へ仕舞い込んだ。


『誰? 出なくていいの?』


優紀が心配そうに尋ねる。


『うん、メールだったから。
 道明寺が今夜帰って来るって… 連絡だけ』

『え、いいの? 帰らなくて』


時間は未だ、三時を回ったばかりだが。
ひと月に一度しか会わないという話を聞いて、優紀は早く帰らせた方がいいように思い、つくしを急かした。

しかし当のつくしは、なかなか動こうとしない。


『いいの。 
 帰って来るって言っても、真夜中に近いのよ。
 今のメールも、私が普段出掛けることないのに屋敷に居ないから。 
 何処に居るのかって、聞いてきただけだから』


そう言うと、また伏し目がちに溜め息を吐く。

… 総二郎の不安が、実態を帯びてきた気がした。



『… 牧野。 お前… 大丈夫?』


総二郎の突然の問いに、つくしも、そして優紀も、動揺の素振りを見せた。


『西門さん… どういう意味?』


つくしは視線を厳しくさせ、総二郎に言葉を返す。


『どういうって…。
 牧野… お前が一番、解ってんじゃねぇの?』

『……』


つくしも優紀も総二郎も、互いを見つめつつ沈黙した。

其の状況の中、店員が卓上を片付けにやって来る。
総二郎は其れに便乗し、コーヒーを三つ、注文した。


『あ、あと、お勧めのケーキも二つ』


今度は、ちょっと軽めに囁いて。
女性店員は頬を染めながら会釈を返し、席を離れてゆく。


『… つくし』


何時の間にか視線を落とし、黙ったままでいるつくしを、優紀と総二郎もまた、無言で静かに待ち続けた。

すると間も無く、つくしが小さく口を開く…。


『そっか…。
 式の夜の西門さんの「頑張れ」は… そういう意味だったんだね…』

『牧野…』

『優紀も… 心配してくれたの?』

『私は… 西門さんの言ってる意味、解らないところもあるけど。
 でも道明寺さんと結婚してからのつくしは、全然つくしらしくないって… ずっと思ってて。
 そんな話を茶会で、西門さんにチラッとしたら…』


優紀は其処まで言うと、徐に総二郎へ視線を向けた。
総二郎は優紀の言葉を引き継ぐように、話を始める。





※  類くん・つくしちゃんの気持ちに向き合おうとする総ちゃん… 頑張って欲しいですえーん 感想コメント・いいねポチ頂けると励みになります照れ よろしくお願いいたします爆笑