桜の記憶  complex 6





「みんなに、会いたいです」



… 類に、会いたい …


真面目な性格が表れている、つくしの丁寧に書かれた文字から、総二郎には彼女の本音が見えた気がした。


『この葉書で総二郎のこと、知ったんだ』


類が瞳を細め、微笑みながら呟く。


その隣には、F4とつくしとで撮された結婚式の写真。
満面の笑みを見せるつくしと、微笑を浮かべる類の姿…。


… 此のふたりの笑顔を見る度、何かがひっかかる。
… 俺だけが感じる、杞憂なのか?


総二郎は結婚式の写真に触れながら、淡々と類に問いをかけた。


『… なぁ、類。
 式の前、司に言った言葉は… 本音だよな?』


類が驚きの表情で、総二郎を見つめる。
総二郎もまた、顔を上げ、類の瞳を見つめ返した。


『… な… に…?』

『いや… あの「二人を…」… 「司と牧野を、心から祝福…」って、ヤツさ』

『……』


類には、総二郎が一体何を自分に聞こうとしているのかが、解った気がした。


『… 向こうに、戻ろうか』


類の促しに二人… リビングに戻り、再びソファーに落ち着く。


… グラスを両の掌で包むようにして、類は思案気に空を見つめた。
総二郎はその隣でワインを口に含みながら、類の言葉を静かに待つ。

BGMは、音を小さく絞ったテレビのニュース番組… イタリア語を話す男性の声が聞こえる。


どれくらい、そうしていただろうか…。
… 小さな溜息の後、類の唇が微かに動いた。


『… 今更な話だから、言うよ。
 総二郎、俺は今も…… 牧野が好きなんだ』


総二郎は一瞬、耳を疑った。


… 好きだって?
「今も」… って、どういうコトだ?


思わず身を乗り出し、尋ねる。


『それは、友人として… では… 無く?』


類はその問いに、口元に諦めにも似た微笑を湛え、応えを返した。


『… では無く。 … 恋人として』

『類…』


総二郎は呆然と、類を見つめる。

類は微笑みを崩さぬまま、呟きを続けた。


『言ったろ… 今更だって。
 司と牧野の幸せを願う… 此の気持ちに偽りは無いよ』

『……』

『ただ… 牧野を忘れられないのも、事実。
 イタリアに来て二年経った今も… こうして想い続けてる。
 … 女々しいだろ?
 声を聞いたら気持ちを抑えられる自信がないから、電話をすることも、会いに行くことも出来ない。
 でも… 離れることも出来なくて。 
 遠くから… 見守ることだけ…』


そう話しながら、類は視線を遠くに移した。
まるで日本に居るつくしを、見つめているかのように。


『… 式の時も、何度このまま攫って行けたら… って、思ったかしれない。
 でも、あいつの幸せを考えたら… それは出来なかった』

『……』


総二郎は動揺の眼差しを、類に向けるばかりだった。


こんなに気持ちを素直に吐露する類を、初めて見た。
それも叶うことのない、恋の告白だ。
相手はつくし… 親友の妻となった女。

しかし総二郎は、類の想いを一概には否定出来なかった。

あの司を追ってNYに渡ったつくしを、心配だったという理由だけで何の見返りも求めず迎えに行った、類。
NYで三人の間に何があったのか… 詳しく聞いたことはないが。
その後の類とつくしを思えば、二人の関係に変化をもたらす何かしらの出来事があったことは、想像がつく。

そしてそれは、今の三人の関係にも関って来る事なのだろう。

それに、類という他人には全く興味を示さなかった男が、つくしが絡むことに関しては、はっきりと自分の気持ちや考えを、他人に対し提示する。

つくしのことを仲間の誰よりも理解し、守ろうとしていることは、以前から確かに感じていたことだった。


総二郎は改めて類を見つめた。

一人で居ることを好み、争い事とは縁が無く、穏やかな空気を漂わせる。

… かと思えば、存在感は誰よりもあり、自分の考えもしっかり持つ、精神的にタフなヤツで。

あの司も類にはかなわないと、何処か感じている風だった。

他人からの干渉を嫌い、何時も人との関わりを拒否していた男が、こんなにも一人の女に強い想いを持ち続けるものなのだろうか? 


… いや、相手がつくしだからなのだろう。


静といい、つくしといい… 類が想う相手には共通する点もあるが。

類の心を導いた二人。
しかし、導き方は非なるもの。

静が包み込む優しさで類の心を開いて行ったのに対し、つくしは類と対等にぶつかって、心の殻を破いて行った。

… 類にとって、初めての刺激。
眩い太陽のようなつくしに、惹かれずにいられるわけがない。

類のつくしへの想いは、あれからずっと続いていたということか?

四人の中で一番冷めていると思えた、類。
一番情熱的な男だと… 今、知った。


総二郎は内心、はっきりとつくしが好きだと言える類を、羨ましく思う。

自分は其処まで… 心を引き裂かれるような恋心というものを、経験したことがない。

さっき感じた色気は、そんなつらい想いを抱えることで漂うのだろうか?


『… 類。
 それで、お前… どうすんだよ…』


総二郎には、何も言うべき言葉が見つからない。
類に、問いかけることしか出来ない。

類は優しい微笑を浮かべたまま、応えを返す。


『… 何も変わらないよ、総二郎。
 何も変えようが無いんだから…。
 今までと同じ… 俺は二人の幸せを見守るだけだ』

『……』

『ただ… もう、恋はしない。
 俺には…… 牧野だけだから』

『… る… い』


すっぱりと言い切る類に、総二郎は絶句するしかなかった。





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