桜の記憶  wedding 2





進の動きが、止まる。

類は視線を進に向けたまま、今度は小さく頷いてみせた。

進が自分に何を言いたいのか… 既に類には、理解出来ていたから。
そして進が言う通り、其れは「今更」どうにも出来ない事なのだ… と、いうコトも。

何も言葉を発しない類を、進が憂いの表情で見つめる。

その表情がつくしとダブり、類の心を尚のこと締め付けていった。

… その時。


… 「カツン」…


… ヒールの靴音が、エントランスに響く。


『……』


類と進は、同時に音のする方へと向き返った。

すると其処には、美しい純白のドレスを纏ったつくしが、父親の腕を取り、佇んでいた。


『… 類…』



類の名を呼ぶ、つくし… その声は、震えている。
類もまた、つくしへの想いが言葉にならず… ただ其処に、立ち尽くすばかりで。

二人、無言で。
視線だけを、熱く絡め…。


… そんな二人を、進は黙って見つめていた。

何故、此の二人ではないのだろう?
お互いを誰よりも理解し、そして、惹かれあってもいるのに。
何故… 結ばれる相手とならないのか?


… 天窓から幾筋もの光が、天使の梯子のようにエントランスに射し込んでくる。


つくしが纏うドレスの生地にも、それらの光が反射して。
類が先ほど掴んだ「桜の花びら」のような… 眩い煌めきを魅せた。

眩しさから逃れる為か… 類の瞼が、徐に閉じてゆく。


… 違う。

瞳を閉じなければ、其処に溜まる「滴」の存在を、周囲(まわり)に知られてしまうことになるからだ…。


… 様々な「想い」が、交錯する空間。
其処は、静寂の音と眩いばかりの光で満ちていて。

まるで異空間に漂うような、そんな感覚を得…。


… 今、彼女の掌を取り、二人だけの世界に走って行けるのなら。
他にはもう、何も要らない… と、類は本気で思った。
此の一年で想いは消えるどころか、膨らみ続けていることに、今頃気付かされる。

唇を咬み、想いを言葉にすることを必死に抑えた。
言葉を発してしまったら、体も気持ちのまま、衝動的に動いてしまうような気がして。


つくしもまた、只々黙って、類を見つめる。

会ってしまったら、どうなるのだろう… と、思っていた。
会ってしまえば、ココロの奥に仕舞ったはずの「想い」を、再認識させられて。

今直ぐにでも、あの「森の桜」の場所に二人で立てたなら。
… 此れ以上の幸せは、無いと思うのに。


… でも。

二人とも、解っている。

それは、叶わない… 「夢」になってしまっていると云うこと…。



『お時間ですよ』



… 「静寂」は破られた。
介添人がつくしの隣に控え目に立ち寄り、促しの声をかけたのだ。


『… あ…』



つくしは、一瞬、介添人へ視線を向ける。
しかし直ぐにそれを類へと戻し、不安げな眼差しを魅せた。

だが… そんなつくしに、類は。
想いを振り切ったかのような、あの… 慈しむような瞳を向けて…。


… 解っているんだ。
もう手の届かない相手に… 互いがなっていると云うこと。


でも、それならば。
一体何を… ふたり、願うのか?


… 愛する人の…

… 「幸せ」を…


類は、つくしの…

つくしは、類の…


例え、その幸せな笑顔を与えられる相手が、自分ではない人間だとしても…。



『すいません。
 はさみを… お借り出来ますか?』


その時。
何を思い立ったのか… つくしは突然、介添人にはさみを所望した。
介添人はポケットから簡易用の小さなはさみを取り出し、つくしに手渡す。

皆がつくしの行動を見守る中、はさみを受け取ったつくしは、それを花束に挿し入れた。


『姉ちゃん!』


此れには、叫んだ進ばかりではなく、其処にいた全員が驚き、目を見張った。

勿論、類も。

だが、そんな周囲の驚愕など気にも留めず、つくしは無言のまま花束の中の一輪を枝切りし、それをスッと抜き取って。
… そしてその抜いた一輪の花を、類に向かい、静かに差し出した。

つくしの指に挟まれた花… それは。

… 「青い、わすれなぐさ」…


『……』


類は沈黙のままに、その花を受け取る。


… 「わたしを忘れないで」…
 
… NYで知った、此の花の 「花言葉」だ。


『類… あたし。
 何処にいてもどんなに離れていても、何時だってあなたの幸せを祈ってる。
 だから、どんなコトがあっても、あなたのコトを思っているあたしが居ること。
 それだけは、絶対… 忘れないで』


… 強気に呟くつくしが、必死に涙を堪えているのが判る。

そんなつくしと、受け取った「わすれなぐさ」を見つめ、類は居た堪れない気持ちになっていた。


… 此れから一生を共にする相手の元へ行き、永遠の愛… 幸せを誓う花嫁に、自分という存在が迷いを生ませている…

… 自分も、もう… 前を向かなければいけない…


類は、つくしの瞳を見つめた。


強い意志を感じる、漆黒の瞳…
愛して止まなかった、笑顔…

いつまでも、彼女が彼女らしく居てくれたら…
笑ってくれていたら、俺はそれでいい…


… それだけで、いいんだ…


『… 牧野、とても綺麗だ。
 今日のあんた見たら、司も惚れなおすよ… きっと』

『類…』

『わすれなぐさ… ありがとう。 
 忘れない、絶対に… あんたのこと』


つくしが小さく微笑む。


『ありがとう… 類。
 あたしも… 頑張るよ』

『うん… 応援してるから、俺も。
 何時も… 何時までも』


類の言葉につくしは、今、魅せられる限りの精一杯の笑顔を浮かべた。





※  類くんとつくしちゃんは、ふたり違う道に進むコトを決心しました。 あ〜文才の無さが悲しいです…もっと切なく、もっと二人の気持ち、細かく描きたかったえーん 励まし・応援コメント&ポチ、お待ちしております。 よろしくお願いいたします照れ