今日は、「歓喜」というテーマでシェアしましたが・・・
このテーマでシェアして、皆で爆笑してるということこそ歓喜だなと感じました。
ウツ病患者は、喜びということが全くわからなくなると思うのですが
実際、私は、「笑う」という行為は、どうやったらできるんだったっけ?と思ってました、当時(笑)
だけど、まさか、「喜び」に同化してるからこそ、ウツ病になれてるなんて、爆笑ものですよね。
もちろんシステムを知らないと、当時の私に、喜びに同化してると伝えたところで、??でしょうが、システムだと、そうなりますよね(笑)
暗いって、明るいに同化してるときにしか、演じられないわけだからww
こういった人間のおかしさを皆で、爆笑してる空間ってすごいな~と感じます。
歓喜しか与えられてないからこそ、歓喜に同化して、それだけ感じられずにきましたが
もう、感じていいよ~という時期になりました。
歓喜だけ感じていいわけで、それって、3次元ではないな~と感じます。
なんたって、歓喜の裏も歓喜という、ひとつでしかないから。
3次元は、喜びと哀しみセットという同時存在2重構造にての、喜びしか体験できませんでしたが
歓喜は歓喜のみ。
愛は愛、感謝は感謝。
相対の世界を超えたところにしか、愛も感謝も歓喜もなく、それを感じる豊かさもなかった。
本当に人間が欲しかったものは、お金とか外側なんかじゃなく、
溢れてくる愛と感謝と歓喜でしか、欠乏してるという勘違いも気付けなかった。
システムを知ってるということが、答えでもありますよね。
記憶でしかないなら、ほんと、深く考えたりせずにww
喜んでたらいいんだよね、とも、感じます。
