昨日、母校での演奏会、終わりました![]()
10月は、演奏会続きで、ひたすらに、日々練習に追われましたが、今回も前回と同じく、本番は楽しかったです![]()
海外からのゲストでソロをしたヴァイオリニストが、あまりも素晴らしくて、口があきました![]()
やはり世界に通用するレベルって、ほんと凄いんですよね。
でも、一緒に演奏させて頂いたってことは・・・![]()
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また半月後には、演奏会本番があるので、また今日から、違う曲の練習に取り掛かります。
こうやって、仕事で演奏させて頂けるのも有難いことだな、と感じてます。
面白いのは、昨日、演奏会終わりで、主人が車で迎えに来てくれてて
大音量のラジオを車でかけてたので、もう、演奏会で耳がすでに疲れてる私は、その大音量では気分が悪くなるので
ラジオの音量を小さくしたのですが
主人に「それくらい我慢したらいいのに」と言われて、ちょっと笑えました。
私、どれだけ、我慢が美徳だと思ってきたんだろうな、と。
これ無意識の声だと知ってるから、笑えるってことです(笑)
「それくらい我慢しろ」と言ってるのは、主人ではないわけで。
子供の頃から「我慢しなさい」と、教育されてきた方も多いと思います。
それなのに、大人になると「我慢しすぎると、周囲が、気を遣うからやめるように」と言われると
そこに理不尽しか感じませんでしたが
これさえ、自分が自分に、理不尽さを与えてた、我慢させてきただけ。
そう知ってるって、ほんと、面白く有り難いことだと感じてます。
人間は、自分の物差しでのみ測った正義に傾いていることが多いし![]()
そうやって、理不尽さを創造してたなんて、思いもしなかったわけで。
まさか、理不尽さを体感したいために、正義に傾いてたなんて。
相手に言いたくなるとことを、すべて自分に還す。
「相手が気分よくなるように、我慢したり、ときには我慢しなかったり、ひたすら私の思いは、我慢しろってことよね」
と主人に言いながらも
そうやって、主人も私も生きてきた過去だったんだよね、とも感じました。
