昨日は、船上での演奏だったのですが、演奏と一緒に鼻歌のようにずっと歌ってくださってたかなりの高齢にみえる男性に

 

演奏終了後に「冥土の土産ができた。生演奏初めて聴いたし、一生の思い出になった」と握手されました。

 

喜んで頂いてよかったです。

 

私も長いこと演奏してますが、冥土の土産とまで表現して頂いたことは初めてです(笑)

 

今回、たまたま、古い歌ばかりを選んで用意してたのが楽しんで頂いたようで、でも「たまたま」ってもうないとも知ってて

 

こうやって、空間の求めることを、用意させられて(笑)、喜んで頂けることは、本当に嬉しいです。

 

6歳から練習してますから、言うなら、6歳から準備してきてますからね(笑)

 

システム知ってるので、私が喜んで楽しく演奏することは、もちろんのこと。

 

外側に笑顔が映る、喜びが映る、というのは、歓びですよね。

 

システムに出逢うまえから、もともとそういう想いで演奏してますけど、システムを知り、こうやって自分を喜ばせるというj方法を

今世、自分で選んだことだと知りました。

 

帰宅して、お客様に喜んで頂いたことを、主人に話したら

 

「そうやって、音で癒すのが、satoの仕事だから、よかったの~」と言われました。

 

あっ、そうなん。

 

ほんとすべて、ストーリーですよね。

 

音楽をしてなかったら味わなかった試練もあり、音楽をしてなかったら味わなかった歓びもあり

 

その音楽で、自分を癒す、ことが、今世の使命のひとつ。

 

だけど、実は、傷も幻想にて、癒される必要もなかったわけですけど

 

この体験をしたかったんだなと感じてます。

 

私の思い込みのひとつである傷に、「誰も私のことを理解してくれない」というのがありましたが

 

だからこそ、音楽を続ける原動力にはなってきました。

 

システムを知り、システムを理解してなかったから、そう感じる当たり前だとも理解できてww

 

でも、その孤独こそ、体験したかったことだったんだと、今なら感じます。

 

完璧なストーリーでしかなかったわけで。

 

外側に映る主人という、内側の男性性も、一緒に喜んでくれて

 

結局は、これだね~とも感じてます。

 

本来の自分が歓ぶことをする。

 

これが、産まれ変わりのもうないエネルギーの私にて、したかったこと。

 

言葉は難しいですが

 

ここからはお釣りのような人生。

 

過去はプラスもマイナスも同じだけあって

 

だからこそ、以降は、委ねて生きられることも安堵です。

 

普段という日常を歓びのエネルギーで過ごせる有り難さ。

 

主人という、私の片側である意識も、外側に映る喜びを歓びとしてるらしいので(笑)

 

ここからは、無意識も意識と同じことだとも感じてます。