先週、音楽仲間のリサイタルに行きましたが

 

リサイタルをした仲間から、「ある人から、演奏会は、全然楽しくなかった、行かなければよかった、来年はもう行かない、との感想をもらい、凹んでるとこ」とメールをもらいました。

 

同業者として、その凹む気持ちは共感できます。

 

その仲間は「でも、楽しかったと言ってくれるsatoちゃんも居たし、その意見が全てではないと思って、また練習頑張る!」とも続き

 

「私は来年も行くね~」と返信しました。

 

ミロスに出逢う以前なら、「そんな心無い感想なんて気にしなければいいよ」とか思うはずですが

 

最近、そういう意見を言う人は、「心ない」といういうより、自分の素直な気持ちを言ってる、と思ってるだけで

 

相手がそれによって凹むということに想像がつかなかったり

 

凹むとしても、言ってあげた方が、今後のため、だと、思い込んでることを、知りました。

 

要するに「悪気はない」どころか、「自分が正しい」んだから、「教えてあげてよかった」くらいの、「よかれ」爆  笑

 

これって、ほんと、過去に無意識に、やってきたことだったんだなと、改めて知りましたポーン

 

何でもそうだと思いますが、もてなす側の準備って、歓んでもらおうと準備して配慮するわけで

 

それが気に入らなかったとしても、それを「行かなければよかった」と伝えるということは、すごいなと感じますが

 

言う方は「だって、確かにそう思ったんだもん」くらいの軽い気持ちだったりするとも、聴きましたウシシ

 

以前の講座でも、傷つきやすいと自覚してる人は、人を傷つけることに鈍感だ、と聞いたことがあります。

 

人間のプロになる、とも聴いてますが

 

確かにシステムを知らないと、相手に興味はもたないというか、「私とは違う感覚の人なんだな」と、深く感じることもなかったと思います。

 

外側は内側が映ってる、だからこそ、興味をもって、目の前のことを深く感じていける。

 

「有り得ない」と自分が思う他者の姿こそ、他者からみた自分の姿だったとしたら

 

さっさと受け入れたら、自分が変容できるって、やっぱり、愛ですよね。

 

拒絶してるから、在るように感じる、とも聞いてます。

 

自分を拒絶してきた人間が、愛に戻るプロセス。

 

どんどん深みを体験していけることが、楽しみです乙女のトキメキ

 

昨日は、豊かな友達と一緒に洋服買いに行きましたが

 

友達の支払い総額23万乙女のトキメキ爆  笑

 

あ~よく買ったウインク

 

10分の1も買ってない、私まで楽しかったです。