過去にならないと理解できない、とよく聞きますが

 

確かに、過去だと理解できることが多いですよね。

 

私は大学時代の4年間は、音楽とも自分とも向き合い、もがき苦しんだ時期でもありましたが

 

あの4年間ほど、成長した4年もなかったなと、過去を振り返れば理解できます。

 

ただ、当時は、成長してる、なんて理解できる心の余裕なんて、さらさらなく

 

どうやったら辛いレッスンから、才能のない自分から逃れられるのか、ばかり稚拙なことを考えてましたが(笑)

 

当時の私は、卒業して20年以上たっても、自分が演奏の仕事をしてるとは思ってもみませんでした。

 

当時の、苦しみや辛さが、後押ししたのは間違えなく

 

その「もと」をとろう、みたいなグラサンそんな気持ちもあったように感じます。

 

その体験から、チャンスはピンチの顔してる、とも知りました。

 

要するに、ピンチに感じる時は、チャンスでもある。という体感だったので

 

その体験にも、常に支えられてきました。

 

結局、自分を支えるのは自分なんですよね。

 

自分の経験から得たものだけ。

 

こうやって「わたし」は創られてきたんだなと感じます。

 

それは、プラスもマイナスも体験したかったことだったから、経験したかったから。

 

無意識が体験したかったこと。

 

ミロスに出逢って、無意識と盲点を見破ることができるようになり

 

無意識を意識することができるようになりました。

 

さあ、ここからどう生きるか虹は、自由です。

 

人類再創造のために生まれてきた、と知る。その為に身体があると知ると

 

自動的に目的地に着くのですが

 

そのプロセスは自由。

 

無意識を、愛と感謝のエネルギーに戻す。

 

というか元々、そうだったのに、そのプロセスを味わうのが、人間だったから。

 

ただ、、もう人類は再創造されてます。

 

再創造された人類で、新しい時代を生きるんだと感じてます。

 

「生きる」エネルギーを、取り戻せるのは、生きてなかったと知ることから。

 

本来の自分自身が、息をし始めてますよね。

 

100匹目の猿、もう、いけたんだなと、感じてます義理チョコ