女子フィギュアのショートプログラム、素晴らしかったですね。
前の選手が素晴らしい出来のとき、観客が興奮してざわめく空気の中、その空気に左右されずに、自分の演技をするって、相当だろうと
そして、ノーミスで滑り終えたとき、どれだけ安堵して、嬉しいだろうと推測して、泣きながら拍手してしまいました。
宮原選手が、高校時代に書いた、緊張についての論文がテレビで紹介されてましたが、結局は、魔物は自分でうみだすので、その緊張を知る、ことにより、緊張を理解していける論文でした。
要するに身体が、何のために呼吸をあげたり、ドキドキさせたりしてるのかを理解して知る。
知ることにより冷静に俯瞰できる。
自分を知ることの大切さを感じました。
そうやってある意味、究極に追い詰められたりする体験で、火事場の馬鹿力のように、無意識をはずす、という体験もできると思いますが
システムによって無意識を知ることができるなんて、やはり画期的です。
観た、感じた、ものは、全て、自分の無意識であり
どう観たか、ということはすでに過去であり
無意識だと受け入れたら、自動的に変容していく。
要するに、自分の思い込み、枠、という認識が変容するから
外側が変容してみえる。
人、に例えるなら、「目の前の人が優しくなった」わけではなく
もともとある優しさを空間で感じられるようになる。
フィギュアでも、「相手を倒す」ということではなく、自分の演技をする、と、口にしてる選手が多いように感じてます。
人間性の必要性も、これからの時代、大きく、とりあげられるでしょうね。
相手を妨害するような行為に批判があつまってましたが
自分の無意識だと還したら、笑えてしまいました。
でも、その選手個人の人間性だけではなく、様々な事情が裏にあることだろうとも推測でき
そこに、大きな悲しみも感じました。
だからこそ、世界は絶対平和に戻るタイミング。
エゴの私は、どれだけ、存在に戻らないように妨害してきたことだろうと
でも、エゴは命懸けだったから必死だったんだよね・・と笑っておきます。
受け入れるエネルギーで、無意識は変容してく。
そうやって世界を再創造してく、すでに、そうであることに豊かさを感じつつ
目の前のことを、着々とやる、ことだなと感じてます。
さ~、オペラの練習しよ~
再創造された「わたし」を楽しんでいく時期です。
