グリーンメンタルセラピー

グリーンメンタルセラピー

ありのままの自分の心と向き合っていますか?

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あれもこれもがやってきて困ったね

嫌なことではないからいいけどね。
自分のためのことなんてほんの4個か5個のこと。
その程度のタスクは日常のうち。
でも人のことって言うのは「やってあげなくちゃ」ってのが首を絞める。

あそこの方面にこれをしてあげなくちゃ、この活動にこれをしておかなくちゃ、
早くここを何とかしておきたいとか・・・
あげるなんて言い方はおこがましいけど、その人たちの<困った>も自分の<困った>に通じるところがあるから一緒に困るよね。

まだ大学の試験すら終わっていないのに・・・

阪神大震災のときに「頑張れって簡単に言うけど、これ以上なにを頑張ればいいの」と言われてから、災害時などの極限状態に際し「頑張れ」と言うことを恐れる風潮があるように思う。

がんばれと言われないで、または自分にがんばれと言わないことがまるでよいことのように押し付けられているけれど、果たしてそうなのか


たしかに普段の生活に<頑張る>ことを多くしていなかった人にはその状況下で「頑張れ」とただ言われてもどうにもならないと思う人もいるだろう。

だが、普段から頑張ることしかしていなかった人に「頑張るな」と言われる苦痛が分かるのだろうか。

双葉町から避難してきた人たちの中には「頑張るな」と言われてほっとした人もいれば「頑張るな」と言われてむかついた人もいる。

気を使っていただいて申し訳ないが、わたしも恐らく「頑張るな」といわれたら、「何もしないで休め」とでも言われたら、きっとパニックになってしまうに違いない。

一概には言えない人への思いやり


しばらく考えるところがあってお休みしていました。
グリーンセラピーの本質的なことを考えて日々が過ぎてしまいました。

やっと道が見つかりはじめまして、グリーンセラピー。
〔わたしが目指していたものがここにあったのか〕と目からうろこのような状態です。
でも世の中はわたしが目指そうとしている道を閉ざし始めている状態。
きっと途中までやって、大して儲からないとでも思ったのでしょう。

儲かるかどうかはともかく、それが自分の求めている道だと分かったなら、もしその道筋がなかったとしても自分で作っていけばよいだけのこと。
いま毎日行っている勉学や、地域の活動、植物の仕事、今後は世間に打って出る計画もあるわたしとしては、この方向性が見つかったという出来事はなんと言うタイミングのよさなのかと、後押しを誰かにされているのではないかと思うほど、すばらしい出来事が続いているような気がします

モヤモヤとした霧の中、こんな方向性で行きたいと手探りで進んできた私でしたが、この方向性で突き進める・・そんな「場」が見出せたことは、すごいことだと思っています。
誰もが見放し始めた、下火になってしまった事業。実はそこにもちゃんとビジネスチャンスはある。地盤を必死になって作ったわりに結局手を引いた。
組織が大きいとうまく回らないことも、小さければ何とか動くことができることだってあるのです。

植物の仕事も然り。中堅の植物関連の業者がばたばたと倒れているのに対し、地味に小さく活動している自営の植物関連の個人経営は成り立っているという構図。
ここにビジネスチャンスがないわけがない。
この状態は何も植物の業界に限らず起こっていることだということも、今がそのときという鐘を鳴らしているのだと思います。

今年は巳年わたしの年です。
何かをつかみ、何かが動き出すそういう年になりそうです。
頑張ります。


2013年 元旦

男性も70代になると急激に体への不安を感じるようです。
70代の男性の約7割以上の方は体への不安や悩みを抱えています。
けれどそれを夫婦の間で話し合うという行動には、なかなか抵抗があるようです。

特に家庭の経済を一人の肩で背負ってきた男性にとっては、
妻は養うべき存在であり、頼りにされているのが当たり前で、
自分が主人であり大黒柱、家庭の中心であるという認識が強く、
弱みなど皆無だと・・・・また妻もそう思っているのだろうと考えていますね。

さておくさんはいったいどう考えているのでしょう。
奥さんは男性が仕事へ行かなくなると、ただの大きな子供が一日中うちにいて、
世話ばかりを押し付けられて、迷惑千万な存在が旦那さん。と愚痴をこぼす人が多くなります。
男の人が外で働いていようが、定年でうちにいようが、果ては病気になろうが、
どういう状況になろうが、家事は自分の役目であり、死ぬまで課せられた義務のようになってしまっています。

その上、旦那さんが家にいて、仕事はしない割に口ばかり出して、
面倒をかけたらそれは文句も言いたくなります。
でも奥さんはもうちょっと大黒柱で頑張ってきたご主人の、男としてのプライドを考えていただきたいですね。
弱くなってきた体を強がって奥さんに見せられないご主人の心のうちを察してあげてほしいです。
ご主人は不安に思っている膝を抱えつつ脚立に上って、怪我でもしたら
なお奥さんやご家族にすごく迷惑をかけてしまうことも考えた上で
何もしなかったりするんです。
無気力になったわけではない場合が多いのです。
それを想像もしないままに攻め立てたら、立つ瀬ないと思いませんか?

女の人は、男の人も年をとると体が完全ではなくなり、
弱くなるということを分かってあげてほしいです。
またそれを言い出せない男のプライドをいつも考えてあげること。
男の人も人間であり、自分がいたわって欲しければ、パートナーのこともいたわるという心を持つことが必要です。

そして、家庭を円満にしたいなら、男の人は一生付きまとう家事を強いられている奥さんのつらさを感じてみること。

せめて「あれはどこだ?」とか、くだらない面倒はかけないようにしてあげることが、夫婦の歴史の最後の章で思わぬひどい結末を記さないようにするための努力なのかもしれません。

まずはお互いの心や体の不安に耳を傾ける必要がお互いあるのでしょうね。


あのご夫婦もそうなってくれたらよいですが・・・
ペタしてね
私はとっても恵まれた環境にいる気がします。
年をとるということ、歴史を重ねた夫婦のあり方、パートナーへの気遣い。
ほかの家庭をじっくり見ることができ、また愚痴を聞く機会もあり、
本当に自分たち夫婦や私自身のあり方について勉強させていただく機会が、他の普通に人よりはるかに多いです。

そんな中で今日は男性の自信喪失ということについて、女性の目から見た夫婦のあり方を書きたいと思います。

70代になった男性と60代半ばを過ぎた奥様のご夫婦。
今までは家事一切を奥様がされていて、定年まではご主人はお勤めをされていました。
定年を機にご主人は以前から趣味であったじぶんの家の庭仕事をしていたのですが10年以上やり続けるうちご自分の体力や足腰にだんだん不安を覚えるようになりました。
奥様は長年やり続けた家庭のお仕事の中で、自分にはできない重労働や、高い庭木の剪定などを定年になったご主人に頼んでいたのですが、最近ではご主人があまりにも動かなくなってしまったことに「自分だけが働いて」と大変憤りを感じています。

奥様はご主人に対してそんな憤りを簡単にぶつけてしまいます。
「今までもたいした仕事をしていないのに、最近はまったくしなくなった。もっとやってよ!」

そんな責める激しい口調にご主人もまた腹を立ててしまい、挙句の果ては人前でも大喧嘩になってしまいました。


さて、責めている奥さんは(男なんだからもっと仕事しなさい。
私はこんなに働いているのだから)という気持ち分からないではありません。


どうしてご主人は何もしなくなったように見えるのでしょう。

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく



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