green-stampのブログ

green-stampのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
毎日一回更新したいといったそばから、できてないや。
ただ、ちょっとそれどこじゃない状況なので、それはそれとしていいです。


私には、80代も後半になる祖父母がいまして、元気でいますがそこまでくると、やはり全て調子がいいという状態はなかなか難しいとこもありますよね。

ここ数年は、徐々に介護が必要になっていく様子見て、人生の終盤に向けて進んでいっているのだなと感じずにはいれません。私ももう大人になり、それと同じ分だけ家族も歳を重ねていっているんですね。

とても実感します。そして、生き物として命がある以上、その流れは止められないし、そうやって歴史を重ねてきているわけで、とても自然なことなんです。

だから、その自然な流れの中で、順番に見送っていけるということは、とても幸せなことなんだと思っています。

それまで、してもらったことに感謝したり、それまで、支えられてきたことを思い返して、そのような人たちおかげで今の自分ができているということを思わずはいられません。

祖父母が老いていく姿をみるのは、わかっていても悲しく、寂しいもので、辛いです。いつまでも、これまでのように生きていてほしいと思ってしまいます。

でも、命は有限で、いつまでもずっというわけにはいけません。わかっていても、それが嫌だという思いは、いつまでもかわりません。そのことを受け入れて、納得できたから悲しくないというようには、絶対になれません。

「生きているのだからあたりまえ」というだけでは、いられないですね。

ただ、必ず別れのときはきてしまいます。少しずつ老いていく姿をみて、少しずつ覚悟をはじめているのかもしれません。これまでに愛情を注いでもらったこと、本当にうれしくて感謝の気持ちでいっぱいです。少しでも、この気持ちを返していきたいです。私にできることで、少しでも喜んでくれたら、嬉しいです。長生きしてよかったって思ってくれたら、私も幸せです。

いつまでもと思っていても、いつかはその時がきます。その時がきても受入れらないと思います。わかっていても嫌だと思うと思います。

でも、まだわかりませんが、それまでしてもらったことで自分が形成されていて、自分の中にその人が生きてるだろうし、それは思い出というかたちとしても残っていくんだと思います。

人には思考するという能力があって、生きて死んでいくだけの生物的な繰り返してではなくて、人が生きて死んでいく繰り返しは、少しずつそういった思いが積み重なって厚さを増していくんだろうと思います。

頭で色々考えても、本当に身近な人がいなくなるのは、悲しくて怖いです。それは親にも兄弟にも親戚にもいえます。でも、残された者として、少しずつではあっても、乗り越えていかなければいけないと思っています。

その人が、頑張って積み重ねてきたものは、とても重たく、それを受け継ぐことは簡単ではないですが、とっても大切なものだと思うので、無駄にしたくないです。

私ももっと強くならないといけないですね。
まだまだ人として、修行中ですが、苦しくても少しずつ積み重ねていきたいです。