ブログの書き方も忘れていますが。。。

やってみようか、思い立ったが吉日。

この夏、わたしにとっては空白の時間が過ぎていきました。

初夏の5月、大切な大切な人が、突然逝ってしまった。

2015.6.4と記されたアナログの日記。





どうして こんな残酷なことが

どうして こんな急に起きたのか

どうしても 絶対に理解できっこないんだ

誰のためでもない

ただ わたしひとりのために

ずっとどこかで 生きててほしかったのに

そう思うのは ワガママですか

自分が こんな壊れやすいなんて

知りたくもなかったし

今でも信じられないけれど

もうどうしようもないくらい壊れやすいです

息ひとつするのも こわいくらい

目を開けて 何かを映しても

何も心が動かない

あんなに楽しかったはずのこと

あんなに心が弾んだ日々のこと

思い返そうとしても 戻れない

バカ バカ バカ

全部 全部 あなたのせいだ

こんなときに死なないでくださいよ

こんなときにいなくならないでくださいよ

遺されたわたしはこの「現実」ってシロモノに

どうやったって適応なんかできてないよ

なんで向こうにいっちゃったんですか

どうして一言なにも言ってくれなかったんですか

のどがつかえて何もうまく言葉が出てきませんよ

なんなんですか どうしてくれるんですか

もっといっぱい話がしたかった

なくても未来をずっと信じていたかった

わたしから日常を取り上げないでください

3.11.のとき何もかもが激変したけれど

わたしは半狂乱でめちゃくちゃに適応したんだ

だけど 今回は違うよ

生活が 環境が 住む場所が

なんら変わったわけではないのに

心の中にいつも安心してそこに住んでた人が

いきなり車の下敷きになって

あっというまに逝ってしまったなんて

そんなの悪い冗談に決まってる

絶対に信じたくないのに

霊安室で目の当たりにしたのはまぎれもなく

これで最後だからとスマホの画面を向けた

その手は震えるままにシャッターを押したのに

全然 心がついていけてません

全然 アタマもついていけてません

何で?どうして?何で?何で?

言い訳できるなら 神よ

お願いだからしてみてくださいよ

わたしだって納得できるものなら

それで楽になるなら納得したいのに

父方の祖父のときも 母方の祖父のときも

ああ そうか 逝ってしまったのかと

空を見上げることはあっても

また会える日を信じることができた

あの人たちが精一杯 命の限り

天寿をまっとうするのを見届けて

ああ そうか お疲れ様 と言えたんだ

あの時とは違いすぎるよ

どこの間抜けな死神が間違えて

あなたを連れていったんですか

地上から持ち出し禁止です

わたしは本気で怒ってますよ

なのに どうしようもなく泣くことしかできない

もう一回 バカなことを言わせてください

死んでなんか いませんよね?

あんな小さな新聞記事も 葬儀の札も

カメラロールに残る写メも

全部 嘘。。。なわけないですけど

お願いです 生きてた人なんです

あの瞬間まで 生きてた人なんです

どうして天に持っていっちゃったんですか

ずるいじゃないですか

そんなこと聞いてません

許可した覚えもありません

何の心の準備もできてません

。。。欲を言ってもいいですか

もう少し時間がゆっくり流れるとこで

ゆっくりいろんな話がしたかったです

あなたがとても優しい人で 可愛いものが大好きなこと

本当はおしゃべりが苦手なことは知っていたけれど

それだけで十分幸せなのかもしれないけれど

ホントの本音はちゃんと話したかったです

傷ついたことがあるなら 癒したかった

あなたが疲れて帰ってきた夜に

一杯の熱いコーヒーはありましたか

あなたがピアノを弾きたいときに

隣に来て一緒にいてくれる子はいましたか

あなたが何か話したいことがあるときに

そばに誰かいてくれましたか

あなたが何も話したくない程疲れているときに

綺麗に整えられた寝床はありましたか

それを考えただけで 心が痛いんです

あんなに優しすぎた人なのに

あなたに優しかった人はいましたか

わたしはそれが悔しい

誰が何をどうこう決める権利なんか

なにもないことはわかってます

それでも 悔しいんです

今があって 昔があって

その向こうに 今は考えられないほど向こうに

未来があるとしたら

これからさき そして今も

わたしがちゃんと笑って生きていくことを

笑って見守ってくれますか

ちゃんと笑って生きていっていいですか

楽しく笑って生きていっていいですか

あなたのいない世界でも

わたしは笑って生きていけますか






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

一歩ずつで いいさ この手を離さずに

共に歩んだ日々が 生き続けてるから

ボロボロになるまで 引き裂かれていても

消えないこの絆


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




皆が「泣ける」、「美しい」、「感動」と

大絶賛されてる、羽生結弦くんバージョンの、「花は咲く」

について。



もともとこの曲は。。。受けつけることができなかった。

自分の体験した壮絶さと、土手の別れの慟哭に

ぼんやりと、ああ、もう自分が心から笑える日は来ないんだ。

原発が爆発してから、上空にはヘリコプターが飛ばなくなった。

東京の人が海外に避難してるって。

ここには妊婦も赤ちゃんもいるんだ。。。

福島は、見捨てられたんだな。

会津戦争のときと同じか。。。



アイリンで舞う羽生結弦くんを観た夜に、

身体がめくるめく思い出す悪夢にうなされて、

それは夢ではなくて現実にあったことで、

精神衛生上も身体衛生上も非常に苦しすぎて、

凄まじい吐き気で目覚めた途端に窒息死するかと思った。


吐いて、吐いて、吐いて、

泣いた。




畜生。

まだ、無理だ。




復興支援ソングも何もあるか。

花どころか、草の一本も咲かない。

まだ、この歌は、自分は歌えない。

きっと、一生歌えないのかもしれない。



そんな綺麗なメロディは、いらない。

そんな美しい旋律は、いらない。



必要だったのは、汚物を処理する穴を掘るスコップだったこと。




ひとつ、気がかりだ。

復興のために、このプロジェクトを引き受けた羽生結弦くんが、

わたしのように悪夢にうなされていやしないかと。




るる






ちょっと不運続きでテンション下がってたときに、

ふと学生時代を思い出しました。


時は昭和。。。じゃない、平成。

前の夜に半分徹夜状態だったので、

目覚まし代わりの携帯(当時スマホという言葉も概念もない)が

朝を告げ知らせるベルを鳴らしたものの。。。

起き上がってそのまま携帯を枕に。。。

。。。そして意識はなくなった。。。



じゃららららららららーーーーーん!!!!!!!






突如、耳元で響いたどでかい大音響に

「#$%&○△☆#$%ーーーーーー!!!!!」

と、意味不明の発狂和音を叫んでしまった。



携帯を見たら、

「……誰?」

北海道の番号だが、札幌の伯母さんの名前は登録済み。

まあ、当時流行っていた、「ワン切れ」「ワン切れコール」というやつ。


いわゆる「悪質な迷惑電話」に叩き起こされた訳であるが。

バイブレーションが耳の骨から頭の骨まで振動させてくれたおかげで、

脳全体を活性化したような、お目覚め効果バッチリ!!←おい

時計を見たらまだ間に合う!!!

神はわたしを見捨ててはいなかった。

北海道の方角にパンっと手を合わせ、いざ朝の講義に向かって出陣!!!



なんでこんな話が出てきたかっていうと、

北海道の御仁はわたしを助けるつもりは毛頭なかったと思うのです。

むしろ迷惑かけて、あわよくばってとこだったと。

そして当時流行っていた「ワン切れ」にわたしはかなりイラついていました。

オレオレ詐欺が流行る前の時代ですね。

世の中便利になると厄介なことも増える。。。って愚痴は置いといて。



何か、あなたを悩ませていることがあったら、

それはあなたを最悪の事態から救っているのかもしれない。

何か、あなたを落ち込ませることがあったら、

それはあなたを窮地から救っているのかもしれない。



それに気づかずに「普通」に過ごしていることがほとんどです。

でも、電車が一本遅れたために事件に巻き込まれなかったとき。

家族が熱を出して行かれなかった祭りで火事が起きたとき。

鍵をなくして家に入れなかったため空き巣と出くわさなかったとき。



自分という惑星の軌道が、自分の思う方向に行かなくても、

それは隕石と衝突して、爆発するという事態を避けるためだったと。



だから、やっきになって軌道修正しなくていいのかもしれない。

この軌道にのって宇宙を旅する。

「誰か」の優しい手で守られながら。

今日も、感謝。




るる