にのあい妄想です。

お気をつけて。


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いっぱい冷やして朝を迎えたから、なんとか顔は無事。

あいばさんにも怪しまれることなく朝の電車に揺られて会社に行った。


仕事はもう随分落ち着いて、あとは、松本さんサイドと、クライアントの時計メーカーのゴーサインを待つのみとなった。


「ねぇあいばさん」

「ん?」

「もしかして、今日おれ、歯医者に行ったりできる?」

「え? 何時から?」

「んとね、18時半。 前の部署にいた時予約したんだ。前は、ほぼ定時で帰ってたから…」

「うん、いいよいいよ。 歯は大事だからね!!」

「ありがと。 じゃあ今日は早めに上がらせてもらいます!」

「OKOK」

って言ったあいばさんが、俺の耳に口を寄せて

「…一緒に帰れないのは残念だけど」

なんて囁いて、いたずらっ子みたいに笑った。


「まだそんなチャンス、いくらでもあるでしょうよ」

そんなことを自分で言っといて、そんな未来を自ら捨てようとしてることに胸がきしきしと痛んだ。


「くふふ、そっか。 じゃあ翔ちゃ…櫻井さんには俺から話しとくよ?」

「あ、いい、いい。 あいばさん、やる事あんでしょ?」

「でも…」

「あのね、おれも立派な会社員なんですよ。帰ります報告くらい自分でやんないと、なの!」

「まぁそっか。」


…よかった。納得してくれた。

あいばさん、付き合い始めて、一層おれに甘い。

嬉しいよ。


でも。

今日はあいばさんを撒くことが最大のミッションなんだ。


あいばさんが着いてきてないことを確認して、櫻井さんに声をかけた。


「櫻井さん、ちょっといいですか」

「あぁ、二宮くん。いいよ、なに?」

「あの…今日歯医者の予約をしてあって…。定時で上がらせてもらっていいですか?」

「いいよ。随分落ち着いたし。歯は大事だからね。」


…ふぅ、あいばさんと同じこと言う。

胸の中にちっちゃな嫉妬の炎が灯るの感じて、慌てて消した。


「ありがとうございます。 あと、もうひとつお話が。」

「なに?」

「大変言いにくいんですけど。今回の仕事が落ち着いたら……異動をお願いしたいんです。」

「はぁ!?? えっ…ちょ、待って? どういうこと? 何かあった?」

「………いえ、何も。」

って言ってしまってから、それじゃ全然説得力が無いから、「強いていえば、こういう花形の職場は、おれには向いてないって言うか。」


って理由をつけた。

そんなおれを、櫻井さんがじぃっと見つめるから、居心地が悪い。


「……あの。じゃあ、そういう訳で、よろしくお願いします。」


ぺこりと頭を下げると、櫻井さんが


「…………二宮くんの言いたいことは、わかった。でも、組織ってそんな簡単に動かせない部分があること、わかるよね? とにかく一旦預かるから。」

「ありがとう、ございます。」

「うん、じゃあ…今日は歯医者、がんばって。」


片手を挙げて、おれに背を向けた櫻井さんの背中に向かって深く頭を下げた。


頭ごなしに却下しないの、やっぱりいい上司だな。

異動が叶わなかったら、会社を辞めよう。


そう心に決めて、会社を後にした。




次にちゃんと歯医者に向かう。

予約してたのはほんとなんだ。

別に歯が痛い訳じゃなくて、定期検診だけど。



おれにとって、もうひとつの今日のメインのミッションはこれからで。

予め調べておいた駅ビルの中の店へ足を向けた。