朝からドタバタした一日になった。今日は千葉都民の娘のところの孫娘が、いよいよ小学校を卒業する日だった。
しかも卒業式には保護者の出席が各1名と制限されるので、その代わりにネットで配信するという。そういう時代になったと言ってしまえば、それまでには違いないけれど。
だから家人は昨夜から、千葉にメールを送って何時くらいから配信が始まるのか、また、どうすれば視聴できるかを、娘に問い合わせていた。
それが今朝になってようやく娘のご主人から、9時半から配信スタートであることと、どうすれば(どのサイトで)視聴可能かの情報が送られてきた。
Youtubeによる配信なんだけれど、私としてはパソコンの大画面で見たいと思ったのだが、それにチャレンジすると、毎回「動画を再生できません」というエラーメッセージになる。
ついにあきらめて、スマホの画面で見ることにした。こちらは私のスマホが我が儘者で、ミュートが途切れたりして現場の音声がきわめて不安定になってしまった。
まあ、それでも何とか映像は見ることができたので、我が孫娘が卒業証書を受け取り、講堂の中央を歩む姿は目にすることができた。
ところで、今回こうしてメッタには行けない千葉県の小学校の卒業式まで、京都にいながらにして視聴できたのも、ひとえにIOTというか通信技術の進展のお蔭だと思う。
これはこれで凄いことだと思う。と同時に、小学校の卒業式でありながら、男女の生徒とも少なくない人数が「和装姿」で参加していたことに驚かされた。
今朝起きてから着付けのため美容室に駆けこんで、それから小学校に出掛けて卒業式である。そのための費用も、けっこう掛かっていると思う。これが一つの〝時代相〟だろう。
今では女子大学生の場合、振袖に袴、革靴という南野洋子さんが演じた「ハイカラさんが通る」ですっかりお馴染みになった衣装が、当然のものになってしまった。
学校行事には制服着用が規定されている高校や中学はともかくとして、自由度が認められている小学校にこの風潮が移って来ている。
ということで、今日も決して少なくない人数の生徒が、和装で卒業式に臨んでいた。何とも言い難いが、ある意味でこれも「多様性の時代」だという理解をしておこう。
孫娘も一度は和装へのチャレンジを考えたそうだが、卒業式の最後まで自分がその格好に〝耐えられる〟かどうか自信がなかったのであきらめた、と娘のご主人が解説してくれた。
こんなことで、講堂での証書授与の式典が終われば動画配信が無くなったが、娘は孫と一緒に教室に移動して、最後のクラス会のような催しがあったらしい。
それからは、校庭で先生や気の合った友だちと一緒に写真に納まって、マンションに帰宅したらしい。両親の方がきっとお疲れ様だっただろう。
今夜は4月から4年生になる弟も交えて、きっとどこかで「祝杯」を挙げることだろう。といっても、当たり前だがジュースで乾杯という話だけど。
この孫娘が東日本大震災の後、我が家に1年近く避難していた。思えばそれから10年の歳月が流れた。そしてこの孫娘も、4月からは中学生になる。
私は〝余命宣告〟を受けている身ではないが、一応はがん患者である。これからは孫たちの進学・進級を目のあたりにできることが、毎年の楽しみになってくる。
次は娘のところの孫2人が、3年後に高校・中学の同時進学ということになる。何があっても、そこは気力を振り絞って見られるように頑張ろうと思う。