緑の風のスナフキン
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ボーダーライン

なんとなく気になるひとがいて、その人とは月1回程度お会いしてます。



いっしょにいるときには行動力があって、周りをよく見てて、こちらにもよく声を掛けてくれて頼り甲斐のある方です。



そういう、安心して任せられるところに惹かれるのだけど、いっしょに居ない間(つまり普段、日常)ではその気持ちは薄くなります。


それはもちろん月に一度だけお会いするからでしょうが、わたしはいまいち自分のそっけない気持ちがいまいち掴みきれません。



真剣な恋をすることに対して億劫で、いつも愛しい気持ちを胸に抱えておけるわけでないことに気づいてしまうと、何気ないメールや電話をしたりすることをためらってしまいます。



ほんとうはもっと好きになりたいのに、もし関係性が壊れてしまったらと考えると踏み出せない自分…



その一方で、この人をこれ以上好きになる要素をもってないんだろうという諦感がある…



どこからが本気になるボーダーラインなのでしょうか。

無題

最近、さよならしたひとのことをよく思いだします



そのひととのひとときをふと思い起こしたり、



その記憶にしばられているみたいです



つらいとかさみしいとかではなくて



いまだにその時間を、大事に磨いているような気がします



真夏の夕立が来たからでしょうか

いとしい気持ち

一度、恋をして傷付いた経験があると自分の気持ちをすなおに認められなくなりませんか。



それを繰り返していると、どれがほんとうの自分の気持ちなのかわからなくなります。



わたしのなかの、いとしい気持ちに気付いても、それを温めることにためらってしまいます。






たくさんの人が支えてくれて、その人たちをいとおしく思って、それでも十分幸せです。



もともと「仕合わせ」と表されていたように、何かがあればそれに伴ってよいことが重なるのだということだと思うんです。



多くのひとが、誰かの一生を支えるかけがえのないひとになって、
たくさんの「仕合わせ」に遭遇していくものだと思いますが、

今の私は貪欲に夢に向かうことでせいいっぱいです。


夕凪のなか、いとしい気持ちは目の前にふわりふわりととんでいます。