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「私、貴女の事を覚えてます。……、私の事、覚えてますか?」
黒い線が入ったナースキャップを被った看護師が、私に問いかけます。
私「(・・?)
ごめんなさい。覚えてないです」
暫くして…、
あっ❗️もしかして、あの時の⁉️
そういえば、少し美人だった面影が残っている。
私は33歳を過ぎた頃から、健康診断の度に貧血で引っかかる様になりました。
生理の出血も酷く、レバーの様な塊がたくさん出てくるのです。
産婦人科を受診すると、案の定、子宮筋腫(良性の腫瘍)が判明しました。
最初は経過観察する事になりましたが、腫瘍はみるみるリンゴ大に成長しました。
生理の出血も酷くなる一方です。
更には、腫瘍が膀胱を圧迫し、夜間も2.3回はトイレに起きる羽目となり、日常生活に支障が出る様になりました。
遂に観念した私は、35歳の時に、卵巣を残して子宮全摘手術を受ける決心をしました。(もう子供は望めなくなりました)
そして、再びあの産婦人科に入院する事となり、あの時の、あの因縁の看護師と、まさかの再会を果たしたのです。
再会した時、あの生意気だった看護師が、婦長にまで昇り詰めていた事に私は驚きました。
しかし!彼女は、あの頃とは別人の様に、優しく献身的に患者に接するマザーテレサに進化していたのです。
ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•
今回の子宮全摘手術も、プロセスは帝王切開とほぼ同じです。
もう3回目の切腹となれば、慣れたもの…、
と思いきや、手術台に登った私は震えが止まりません。
そして最悪な事に麻酔の効きが悪いのです。
(局所麻酔なので意識があります)
執刀医が持つ冷たいメスが、鈍い痛みを伴って私の下腹部に走ります。
私は生きながら切り刻まれている感触に戦慄を覚えました。
勿論、麻酔のお陰で悲鳴をあげる様な痛みではありませんが、その恐怖と緊張感は、かつてない程、私の全身全霊を支配しました。
気が付くと…、
私の冷たく震える手を、看護師さんがしっかりと握ってくれていました。
私も地獄の淵に追いやられまいと、必死にその手に縋り付きます。
私は失神寸前まで追い詰められパニック状態でした。
私「ハア、ハア…、先生…、全身麻酔に…、して下さい」と懇願しました。
多分、私の下半身は痙攣を起こしていたと思います。
直ぐに吸入式の麻酔マスクが装着されました。
それからは意識が無くなりました。(この時に幽体離脱を経験しました。過去ブログに詳細を書いています)
*・゜゚・*:.。..。.:*・'*:.。. .。.:*・゜゚・*
手術が無事に終わり、私の意識も戻りました。
病室(個室)に戻ると、時間は分かりませんが、15時から始まったオペが大変な時間を費やした事を知りました。
窓の外がどっぷりと暮れていたからです。
退院後、私の身体に不思議な変化が表れます。
それは、手術痕がどんどん薄くなって消えて行くのです。
それまでの私の下腹部には、縦一文字にミミズが這っていました。
画像はイメージです。拝借しました。m(_ _)m
私はその傷がどうしても嫌いで、今度の手術で真皮縫合を受けたい!と、オペを担当する医師に相談していたのです。
真皮部分から縫合する為、傷が消えます。
しかし、真皮縫合が出来る医師を外部から呼ばなければならない事、経費が掛かる事などから、私は断念したのです。
後に、あの手術が長時間掛かったのは、医師が慣れないながらも丁寧に真皮縫合してくれたからだ、と気付きました。
そして、あの時、私の手を握ってくれていたのが、あの看護師さんだった事にもはっ!と気付きました。
彼女が、私の事を9年経っても忘れずにいたのは、彼女の心の中に罪悪感がシコリとなって残り、きちんと謝罪出来なかった事が良心の呵責となって、引きずっていたからでは無いか?と思うのです。
その罪滅ぼしの気持ちが原動力となり、今日、患者の気持ちに寄り添える立派な婦長にまで昇り詰めたのではないか…、と。
あの時の出来事が、彼女の看護師としての魂を開眼させる役に立ったならば、私はそれで十分に償われた気持ちです。
この9年間に、どれだけの患者を救ったか測り知れません。
それに…、タダで真皮縫合して貰えて、こっちは、お釣りが来る程ラッキー❗️
(^_−)−☆
完


