みなさん、おはようございます。


地震で亡くなられた方に謹んでお悔やみ申し上げます。



金曜日からのことを記録に残しておきます。



金曜日は定時に仕事を切り上げて、羽田~沖縄便に搭乗予定でした。そして土曜日には沖縄~成田~シンガポールと乗り継ぐ予定でしたので、金曜日の朝は仕事前に羽田空港へ先に行って、コインロッカーに荷物を預けておりました。


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それで午後の地震です。おーしゃんのデスクは5Fですが、長く横揺れを経験しました。


ただ物が落ちたりとかそういうこともなく、会社の電話もパソコンも普通に使える状態なので、直後もネットで東北で地震だ!とかそういうふうに調べる時間もあって比較的冷静でした。


部長がとりあえず全員外へ出ようっていうので、一応外に出たって感じでした。


そとに出ると各社のビルからもみんな逃げてきた人が不安げにあたりを見回しています。


おーしゃんが怖かったのは、汐留の電通本社ビル・汐留シティセンタービル・日本テレビ本社などの高層ビルが、実にゆっくりですが、揺れているのがわかることです。


免震構造のビルのまさにその瞬間をずっと見てました。ゆっくりとS字のようにゆれていました。


実は外に出るのも窓ガラスが落ちてきたら危ないんじゃないかとも思いましたが、クライストチャーチのようにビルが崩壊してもそれもまた怖いので、外に出るしかない感じでした。


直後からも余震が続き、携帯のワンセグでの地震情報で、お台場で火事だとか、東北では震度7だ、とか津波が来てるようだ、なんてことを徐々に知っていきます。


20分ぐらい外にいましたが、とりあえず問題ないようなのでデスクに戻り、ネットとテレビで情報収集です。


おーしゃんの部署は管理部門なので、次に社員の安否確認です。


手分けして各部署へ連絡して、外出中・休日中・出張中の社員へ連絡を取っていきます。


この時点で思ったことは、電気もパソコンも固定電話も使える状態なので、次々に情報が入ってきましたが、この時点で停電で電話も故障、パソコンも使えないとなれば、いきなり困難に直面だったと思います。


中には宮城県や岩手県に出張に行っていて、連絡の付かない社員がいましたが、夜までにはメールで安否が確認でき、けが人もいないことがわかり、とりあえずは安心しました。


そんな中でも余震が続き、これは精神的にとてもよくないなーと感じました。落ち着かないですもんね。


次に首都圏のJR各線がすべて止まって今日は動かないというニュースが入ったので、歩いて帰れる社員は帰っていいということになりました。また帰れない社員のためにビル内で泊まる準備のため、買出しへ行く準備もありました。


そんななかテレビでは津波の映像、火事の映像が次々入ってきており、本当にこれは大変なことが起こってしまったんだと改めて思いました。


特にショックな映像は、仙台空港が津波に飲み込まれていく映像と津波が田畑を飲み込んでいく映像でした。


自力で帰る社員は退社していくので、おーしゃんも迷いましたが、会社~家まで12キロぐらいで、以前にも何回か歩いたことがあるので、途中まで一緒の社員もいたので帰ることにしました。


途中、友人や知人からメールも徐々に入ってきて、福島にいる友人もどうにか大丈夫だとわかり安堵しました。


国道4号(日光街道)をひたすら歩きました。銀座からしてもう帰るひとでごったかえしていました。途中、日本橋~秋葉原~上野などの繁華街も通りましたが、コンビニやファストフードのお店が混んでましたね。あと覚悟を決めた人たちは居酒屋で朝まで決め込んだようで、けっこう賑わっているようでした。


道路はまったく動かない状態ですね。自家用車にトラック、バスなど全然動いていませんでした。


タクシー乗り場やバス乗り場は長蛇の列で、特に上野駅前のロータリーなどは数十にも回る列ができていましたが、まず空車のタクシーは来ないし、万が一乗れても道路が渋滞で動けないので、歩くか職場に待機の選択肢しかないと思いました。


結局19時30分頃に新橋を出て、22時過ぎに自宅に着きました。2時間30分ぐらいですね。


革靴がつらいですね。あと自宅手前のコンビニでとりあえず買おうと思いましたが、パンとかお弁当はなく、カップ麺程度はあったので、ちょっと購入して家に帰りました。


家に着くとやはりエレベータは故障中でした。荷物を持って階段で部屋に着きました。


会社では物も落ちず、特になにもありませんでしたが、部屋の中は悲惨なものでした。

本棚が倒れて、コップが割れ、書類は散乱。お風呂の水が横揺れで半分以下になっていて水浸し。


改めて横揺れの地震があったことを思い知らされました。


このあとブロガーのmくんが、やはりおーしゃんと同じ方向に向かって歩いているというので、緊急避難所として使ってもらうことにしました。


簡単に片づけしたあとは、テレビに釘付けです。その前にガスが止まっていたので、緊急装置が作動したの解除して、お湯を沸かすこともできました。


本当にガス・水道・電気が使えるので、ありがたいことでした。ネットだけダメでしたけど。


mくんも2時間以上かけて歩いておーしゃん家に到着です。その間にも余震が続き、本当に怖いですね。


寝てる間にも、緊急地震速報のサイレンが携帯でなるので、そのたびに起こされ、なかなか寝れませんでした。


一晩あけて、テレビを見るとより詳しい被害状況に唖然としながらも、おーしゃんにはやらないといけないことがありました。


それは、羽田空港に預けた荷物を取りにいくことです。mくん電車が動き出したので家に帰るということになり、一緒に家を出て最寄り駅へ向かいました。


まだ動いていない電車もあり、国道4号は疲れきったスーツ姿の人が黙々と歩いています。

駅周辺もみんな座り込んでいる様子で、異様な光景でした。


mくんとはここで別れ、おーしゃんは都心を目指します。JRは改札制限中でホームにもいけないので、私鉄で秋葉原へ向かいます。そこから山手線で秋葉原~浜松町、モノレールで羽田空港へ向かいます。


モノレールは通常運行で問題ないですが、やはり京浜東北・山手線が15分間隔なので、混雑していました。


結局往復3時間以上かけて羽田空港へ荷物を取りに行った次第です。同時にANAへはこの夜のシンガポール行きの便のキャンセルをするため、電話をかけていて、ようやく30分ぐらいで通じました。


17時発のシンガポール行きは通常通り出発しますといわれましたが、成田空港までの足が確保できないので、諦めてキャンセルしました。もちろんキャンセル料はかかりません。


本来であればこの週末で修行も終了でしたが、地震ですから仕方ありません。


空港から帰ってきて近くのスーパーに行きましたが、生鮮食料品やパンがないですね。


この先、物流が滞ると商品が入ってこない危惧もあり、ちょっと心配です。被災地の方を思えば、そんな贅沢もできませんが。


あとはずっと家でテレビを見ています。家に1人でいるのは結構怖いもんだと改めて思います。


まだまだ多数の人々が救助・救援を待っている報道がありますが、自分には何もできないのが歯がゆいです。原発の問題も気になります。


1人でも多くの人が助かり、1分でも早く救援物資が被災者に届くことを切に希求します。