初めまして!!現在京都にあります同志社大学に通っているひでっていいます。
今はタイトルにもある通り偏差値20上げて西日本私学の雄と言われる同志社大学に通っています(書いときながら恥ずかしい(笑))
大学ではみんなと朝まで飲んだりカラオケしたり、英語しか話さない授業をとってみたりしています。
中学生から夢だった国際支援も行っています(カンボジアに学校建設したり)
小さい時から「好きすぎる」野球もしています。
大好きな大学で大好きなことに挑戦出来ています!!
こんな最高の大学生活を送れているのも、あの2年間死ぬほど勉強したからだと思います。
さて皆さん受験勉強に対してどんな印象を持っていますか?
しんどい。。。という言葉が出てくる人がたくさんいるのではと思います。
でも
「関関同立に絶対行きたい!!」
「今は全然目指せるレベルではないけど、もっと偏差値上げて行けるのなら行ってみたい!!」
そんな希望がある人もたくさんいるのではと思います。
僕は「今は全然目指せるレベルではないけど、もっと偏差値上げて行けるのなら行ってみたい!!」という希望を現実にしました。
しかしながら、高校時代は勉強を全くせず偏差値は30後半から40前半をさまよっていました。
親とも仲が悪く(当時はガチで嫌いやった。。)、偏差値も上がらないし、大して友達もいなかったので、もう人生が嫌になるレベルでしたね。
女の子と話すなんてもっての外でした。(だから今街中で制服着てるカップルを見ると、いいなぁと眺めています(笑))
塾にも通っていました。不安から参考書を買いまくりました。朝早く起きて毎日勉強しました。分からないところは先生に聞きに行きました。夏休みは10時間勉強しました。
しかし、結局偏差値は30台で良くても40を少し超えるくらい。
何がダメなんやろ。もう俺は大学に行けないのかなと思いました。
そして遊んでいるようにしか見えないクラスの人間はどんどん成績を伸ばしていきました。
俺って勉強しても結果の出ないダメ人間なのかな?
そんなことが頭に浮かぶのは日常茶飯事でした。
もう本当に人生に悲観的になっていた時期やったように思います。
そして迎えた入試。結果は散々でした。行けたらいいと思っていた大学は全日程不合格。そして、かろうじて滑り止めの大学にはたまたま1日程だけ合格したものの、親に反対されました。
僕は「でも大学はいかなあかんなぁ」とぼんやりとは思っていたので、浪人することにしました。
でも正直、精神的にはどん底でした。人生を本当の意味でやめたくなったのはこの時が初めてかもしれません。
今思い出してもお腹が気持ち悪くなってしまいます(笑)
そんな3月中旬、ふと違う用事で同志社大学の前を通りました。
「ここが同志社大学か。まあ浪人して偏差値30台の俺が目指すような大学ちゃうしな。」と通りすぎようとした時、、、
ちょっと見てみようかと思いました。なぜ見ようと思ったのか今でも分かりません。
そして今出川キャンパスを一周して出た時、、
「俺はこの大学に合格してやる!行くんだ!!」と思いましたね(笑)
おしゃれなキャンパス、イキイキとしている学生たち。
本当に感動しかありませんでした。同志社大生が本当にキラキラして見えたのです!!
いや、単純かよって思われるかもですけどそれくらい衝撃でしたね!
そして興味を持ち、関関同立という4大学を調べました。本当にそれぞれに良さがあって、世間的にも認知度が高い素晴らしい大学だなと思いましたね。
そして一年間死ぬほど
「自分に合った」勉強をして、
自分に「絶対的な」自信もついて、
偏差値も20以上も伸びて、
少なかった友達もめっちゃできて、
高め合い第一志望に合格したわけです。
4から6月は取り敢えずプロに聞こうと思って質問をしました。
そして、話して、言われた通りに勉強すると、偏差値は少し伸びて50くらいになりました。
そしてある時、少し自信がつくきっかけが生まれました。
「自分がアホなことに気づき出してます」とぽろっと言ったとき、先生は少し微笑んだのです。
「この時期にそういうことを言ったやつは、みんな受かっているわ。大丈夫や。」
その一言は本当にうれしかったです。あれ?何とかなるかもって思った瞬間でしたね。
夏休みは、腱鞘炎(字を書きすぎたことで痛めた(笑))にかかって1日休まざるを得なくなるくらい勉強しました。
でもそれも自分にとっては大きな自信になりました。
腱鞘炎なるくらい勉強したやつ、全国の受験生で20人もおらんやろ(笑)
夏休み明けに返ってきた模試では偏差値は56まで伸びていました。
偏差値は精神状態も大きく結果として現れます。
もう高校生やった時の弱気な自分はいなくなっており、それも劇的に上がるきっかけを作ってくれたと思います。
秋になると勉強量はさらに増えました。もう頭の中は同志社でいっぱいでした。
「これからきつくなってくる。でも明るく、プラス思考で乗り切ろう」
そう胸に誓って、勉強することで、気づけば同志社と戦えるレベルと言われる偏差値60の壁を越えました。
合格した瞬間はうれしすぎて腰が抜けたのを覚えてます(笑)
人生が変わる瞬間ってこういうことを言うのかなって。
偏差値が60になり、B判定がでた模試は今でも大切に持っています。
毎日変わろうと努力し、
先生に質問を持っていきまくり、
日々成長を感じていくことで、
強固な自信が作られていくことがどれほど大切なことなのかを肌で感じた瞬間でした。
その自分の変わりようは高校までの僕を見ている人間は驚くに違いありません。
あんな暗くて、落ちこぼれだった人間がイキイキしているのですから。
人生において自信というものは不可欠です。自信が無いと挑戦が出来なくなります。
挑戦が出来ないと、面白みのない人生になります。
勉強で結果を出すと、その人生に「成功体験」という彩りを与えてくれます。
劇的に偏差値を上げて関関同立に合格したいと思いませんか?
僕みたいに受験で自信つけて最高の大学生活を送りたいと思いませんか?
僕は皆さんの成績に対して適切なアプローチをすれば、簡単に伸びると思っています。
いや、そんな言ってるけどお前が要領いいだけやろ???
という声が聞こえてきそうですが、僕は死ぬほど勉強したというのを伝えました。そして、ものすごく不器用です(笑)
というか器用なら浪人してません(笑)
バイトも新しく始めたら仕事を覚えるのも何か他の人より遅いし(笑)
高校生たちには僕みたいな滑り止めしか受からなくて浪人という現実を味わってほしくないし、浪人生は僕みたいにくやしさをバネにしてほしいです。
勉強なんてちゃんとしたやり方で必死にやれば、だれでも伸びるもんですよ。
そして通っている大学は同志社大学ですが、関西大学、関西学院大学、立命館大学の過去問も数多く解き、傾向と対策を知り尽くしています。
この4大学の知識はそう簡単には負けない自信があります。
実際、どの大学も安定して7割から8割とること出来ます。
そしてどんな受験生がどの大学が向いているのか(大学入試、大学の特色などから)も分かります。
偏差値30台で不器用で根暗な僕でも1年でこれだけ変わりました!!
そして僕だけではありません。不器用やなこいつ(笑)と思った人間も偏差値20上げて関関同立に受かっています。
第一志望は勉強量×熱意です!!!!!
次は皆さんの番です!!
僕は「落ちこぼれ受験生」として戦った2年間の経験、そしてそこから得たメゾットをどんどん公開していこうと思います。
熱意、根性を持って、しっかり勉強すれば、人生は変わります。
大学受験というもの自体で飯を食っていくことは難しいかもしれません。(予備校講師とかはとんでもない競争率やし)
でも大学受験を乗り越えたことで、飯を食えることは間違いなくあります。(そこで得た自信、効率的な方法など)
絶対関関同立に受かるという熱意と勉強量があれば、何とかなります!
さあ始めましょう!

