試合は、勇貴&稜平チームの勝利に終わった。スタンドからの歓声を浴びながら、ふたりはがっちりと握手した。
「やったー!」
稜平は両手を広げて、勇貴に抱き付く。手放しに喜ぶその姿は、彼とダブルスを組んで以来、勇貴がずっと見てきたものだった。
稜平がテニスを愛する気持ちはずっと変わっていない。試合を大事にするひたむきな姿勢も、変わっていない。
勇貴は紫織のことに夢中で、好きだったテニスのことも、大事な相棒のことも忘れてしまっていた。
本当に大切なのは何か――。勇貴は気が付いたのだった。
「ごめんな、稜平」
抱き合った状態のままで、勇貴はぽつりとつぶやいた。 稜平は頷きながら、勇貴の背中を何度も叩く。
「最高だよ…、勇貴!お前、絶対来るって信じてたぜ!」
「留学、決まったんだってな。おめでとう。戻って来たら、またテニス…しよーな」
稜平の目に涙が微かに光っている。
「――お前は、最高の相棒だよ!」
稜平の言葉は、勇貴の心に響いた。
本当は、初めから気が付いていた。紫織は彼が好きなのだ。稜平が好きなのだ。
告白する前から、分かっていたはずだった。
それでも、あの時、勇貴は告白せずにはいられなかった。
夕日の中に立つ紫織の笑顔が、あまりにもまぶし過ぎて。紫織のことが、本当に愛しくて――。
紫織と気持ちがすれ違うたびに、思った。
『これで終わりにしよう』と。
何度そう思ったか知れない。それでも、その度に勇貴の心には紫織の笑顔が浮かんだのだった。その笑顔がいつも、勇貴の決心を鈍らせていた。
その裏にある稜平への切ない想いを、知らないわけじゃなかったけれど…。
わざと、気付かないふりをして黙っていた。
(俺は、卑怯な奴だよ…)
勇貴は胸が痛んだ。みんなが幸せになれる結果を選べたら、どれだけいいだろう。
しかし、それは不可能だった。全員が傷付かずに済むなんていう方法は、ない。
(俺が傷付くべきなのかな…)
もう潮時だと、勇貴は強く感じていた。
◇◆◇◆
ロッカー室でラケットを片付けながら稜平が言った。
「勇貴、今日はホント、ありがとな。おかげで、いー思い出が出来たよ。もう、思い残すことは何もないよ…」
くもりのない笑顔を勇貴に向ける。勇貴はくぐもった声でつぶやいた。
「稜平、水城が好きか?」
稜平が手を止める。
「――好きだよ。勇貴は?」
「好きだから付き合ってんだよ。でも、水城は…稜平が好きなんじゃないかな」
きっぱりと言い切る勇貴に対して、稜平は厳しい表情を向けた。
「馬鹿なこと言うなよ。お前には、紫織を幸せにする義務があるんだぜ?情けないこと言ってると、俺が紫織のこと、さらっちまうから」
「……」
「そんなことじゃ、プリンス大橋の名が泣くぜ。紫織のこと、大事にしてやってくれ。な?」
稜平は気持ちいいくらいさっぱりとまくしたてた。
「さらっちまえよ。その気があるんなら…。水城だって、それを待ってるんだ」
勇貴の決心は固かった。自分には無理なのだ。紫織を幸せにしてやることはできない。友達以上にはなれないのだ。
友達のラインを越えた時から、勇貴と紫織の仲は不安定なものになった。
ぎこちない空気が、いつもふたりの間に漂っていた。
紫織のナイトは勇貴ではない。幼なじみの清水稜平なのだ。
お決まりのパターンに気付かない程、鈍い勇貴ではない。
「何だよ、勇貴らしくもない」
稜平は小さく首を左右に振った。勇貴は辛い気持ちを吹き飛ばすようにして笑顔を作った。
「俺……もてるから」
「え?」
「俺と付き合いたいって言ってくれる子、いくらでもいるんだ。だけど、稜平には、水城しかいないだろ?」
ふたりはしばらく、無言のまま互いを見つめていたが、やがて、稜平が小さく吹き出した。
「何だよ、それは…。やめろよな。紫織は、勇貴を選んだんだ。だったら、それでいいじゃん。変に気ぃ回すなよな」
「そんなんじゃない。俺、気付いたんだ…。水城に甘え過ぎてたって、さ。――稜平、いつ発つんだ?」
勇貴は思い出したように尋ねる。少し寂しそうにうつむく稜平。彼らしくない仕草だ。
「2月…26日に日本を発つ。一応、そうなってる…」
稜平が、溜め息混じりに笑顔を作る。腕時計で日付を確認してから、勇貴は勢いよく立ち上がった。
「26日っつったら…明後日じゃないか!」
(第29話につづく)