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勇貴たちは昼食を終えてから、プールを後にした。

公園の中の道を並んで歩く。

さりげなく腕を組もうとした勇貴の気持ちを知ってか知らずか、紫織は足を速め、勇貴より数歩前に進んだ。

「風が気持ちいいね」

紫織がその澄んだ声で言う。

木立ちがざわざわと音を立てて揺れる。夏の木漏れ日がまぶしい。

勇貴は横に伸ばしかけたままの右手をゆっくりと下ろした。ここ一番という時に要領が悪い自分がもどかしかった。

これではプレイボーイの名が泣くというものだ。

とにかく何か話さないといけない。沈黙は避けたい。

「水城、のど乾かない?俺、何か買って来るからここ座って待ってて」

ちょうど日陰になっているベンチをさして言う。

紫織が座るのを見届けてから、勇貴は自動販売機に向かった。

「俺は何をやってんだ…。水城も俺に好意を持ってくれてるみたいだし、何をためらうことがあるんだ」

勇貴は考えた。

いつもの勇貴ならとっくに体の関係を持つまでにこぎつけているところだ。

しかし、今回に限っては、実はまだキスもしていない。

紫織を大切に思うぶん、安易に手を出せないのだ。

「だからって…何もしなきゃ、始まらないよな……」

このままでは『友達』の頃とほとんど変わらないままだ。

勇貴は自動販売機からジュースを取り出して両手でしっかりとつかんだ。

「とにかく…頑張らないとな。頑張れ、俺!」

何とか気合いを入れて、勇貴はベンチに戻った。

紫織が手を振っている。

「はい」

缶ジュースを紫織に手渡して、勇貴はゆっくりと腰を下ろした。

「勇貴くん、最近部活行ってないみたいだけど、大丈夫なの?」

紫織が笑顔で話しかけてくる。

「う、うん。夏休みだから」

嘘に決まっている。運動部に夏休みなんか関係ない。

しかし、今の勇貴には部活のことまで考えている余裕はなかった。

紫織と遊ぶ毎日があまりに楽しくて、それ以外のことはみんな二の次だ。

「そう。良かった」

安心した様子でにっこりと微笑む紫織。それきり、二人は黙ってジュースを飲んだ。その間も勇貴は悶々とし通しだった。

「あ、缶、捨ててくるから貸して」

勇貴はしどろもどろになりながら、立ち上がってくずかごに向かった。

気持ちばかりあせってしまう。

「落ち着こう。少し、落ち着くんだ」

大きく深呼吸をする。そのままくるりと振り向いてベンチの方へ歩き出したまでは良かった。

しかし、不覚にもベンチの一歩手前に落ちていたバナナの皮で足を滑らせてしまった。

「うわああぁ!」

叫び声を上げて、勇貴は座っている紫織の上に倒れかかった。

「きゃっ」

「ごっ、ごめん」

顔から火が出るとはまさにこの状態のことであろう。耳が熱くなってくるのが分かる。

しかも、さらに最悪なことに、自慢の顔をベンチの角でしたたかに打ってしまった。

(俺、すげーかっこ悪…)

勇貴はうらめしそうにバナナの皮をにらんだ。

「大丈夫……勇貴くん?」

「う、うん……」

女の子の前ではスマートな姿勢を崩さないように心がけてきた勇貴にとって、これは大打撃であった。いくらなんでも恥ずかし過ぎる。

「勇貴くん。血、出てるよ…ここ」

気が付くと、紫織の顔が間近に迫っている。

勇貴の鼓動は急速に高鳴った。本日最大のビックウェーブである。

こうなるともうヤケだ。

勇貴は紫織の肩を強く抱いた。

「水城…」

そっとつぶやいて唇を重ね…ようとした瞬間、勇貴は白い壁にぶち当たった。
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(第21話につづく)