前述の通り、童顔のせいで人畜無害に見られる勇貴である。
とは言え、一部では女遊びが好きなスケベ野郎だと信じて疑わない輩もいる。
確かに実際のところ勇貴は手が早いほうかもしれない。…いや、もうハッキリ早いと言いきれるだろう。
しかし、彼は小心者でもあった。イマイチはっきりしない優柔不断な面もわずかだが持ち合わせていた。
それ故、いま一歩、告白に踏み切れないでいるのだが。
「勇貴くーん、郵便だよ」
教室の机に突っ伏せて、ああしたもんかこうしたもんかとあれこれ迷い悩んでいる勇貴の頭上から明るい声が降ってきた。
全く人の気も知らないで…なんて思いながら顔を上げた途端、教室中に響き渡るかと思うくらい凄まじい音で鼓動が高鳴った。
淡いピンクの封筒を勇貴に向かって差し出しているのは、クラスメートの水城紫織(ミズキ・シオリ)。
彼女こそが勇貴少年が目下大恋愛中の相手である!
『勇貴くん』なんて下の名前で呼ばれる仲ならもう恋人同然!と思いきや、単なる友人の間柄というのが悲しい。
「ありがと…」
「3組の春日さんからね。すっごく可愛い子だよね」
紫織が屈託のない笑みを浮かべて言う。勇貴もぎこちなく微笑む。
(明らかに対象外だと思われてる…?)
なんて内心ショックを受けつつ、封筒を裏返す。
なるほど、そこには『2年3組 春日なみ』と書かれている。
「けどー…勇貴くんて本当にもてるよね。彼女なんてよりどりみどりだって、一ノ瀬くんがいつも言ってる」
「いやいやっ、もててないよ。マジで!絶対に…それは、断じてない!俺は、俺には…俺には…」
大袈裟に首を左右に振って勇貴は取り乱した。
「?…どうしたの?そんなに強く否定しなくたっていいのに…」
勇貴は眉根を寄せた。
(よりどりみどりだと…?)
一ノ瀬というのは、一応、勇貴の親友で、フルネームは一ノ瀬聖(イチノセ・ヒジリ)。趣味は勇貴をいじめること…かもしれない。
その証拠に勇貴の恋を少しも手助けしてくれない。逆に水をさすようなことばかりしでかしてくれる。
「水城。この際はっきり言っておくけど、聖の言うことって80%はでたらめだから、あいつの言葉に惑わされちゃ駄目だよ。もちろん、よりどりみどりの件もね」
「あらどうしてそんなに悪く言うの?一ノ瀬くんとは親友でしょ」
紫織が軽く首をかしげる。
「そうだよ。親友だからこそあいつのこと分かるんだ」
そう答えて勇貴は苦笑した。
そして、紫織から手渡された封筒を慣れた手付きで器用に開いた。
勇貴は便箋にずらりと並んだ文字を見ながら、書くのに相当時間かかっただろうな、とか、断るの悪いなって気持ちになっていた。だからといって付き合うわけにもいかない。
つい10分前に友希子と別れてきたばかりだということもある。
目の前にいる紫織に軽薄な男だと誤解されたくないというのが最大の理由だが。
「どうしたの、勇貴くん?」
ううーんと唸り声を上げながら頭を抱える勇貴の顔を覗き込んで心配気に紫織が尋ねる。
その顔がたまらなく可愛い。
この場で潔く告白できれば良かった。
しかし、そうもいかず、勇貴はひたすら作り笑いを浮かべたのであった。