〈 揺れる気持ち 1/2 〉
「おいで、日菜子」
陽だまりの中で、手招きしてるのはーー
輝ちゃん。
「こっち来いよ、厳原」
歩き出そうとしたあたしの後ろから、奥村先輩の声が飛んでくる。
木陰に停めたバイクの横で煙草を銜えてる、奥村先輩。
先輩との初めてのキス。
あんなに側に行ったのも初めてでーー
輝ちゃんと、奥村先輩。
同じ男の人なのに全然違う匂いがした。
奥村先輩の唇、見た目より柔らかくて、あったかくて、頭が真っ白になった。
緊張で膝からくずおれそうになったあたしを可笑しそうに見つめて、支えるように強く抱き締めてくれた先輩。
あの夜のことを思い出すと胸がドキドキして、耳が痛いほど熱くなる。
「日菜子、聞いた!?奥村先輩のこと」
親友、美咲の慌てふためいた声で、あたしは今、放課後の教室にいるんだと思い出した。
「どうしたの、美咲」
「バレちゃったんだって、これ」
そう言って美咲は煙草を吸う仕草をする。
恐れていたことが現実になった。
バイクか、煙草か…いつか学校にバレるんじゃないかって思っていた。
その時、奥村先輩のよく通る声が廊下から聞こえた。
「厳原、来いよ」
「…先輩」
こんな時なのに、先輩の顔を見るとキスのこと思い出して、気まずいような、くすぐったいような、不思議な気分になっちゃう。
「友達から聞いてビックリしちゃった…煙草のこと。停学だよね?何日くらい…」
「…」
無言のまま表情を変えようともしない奥村先輩。あたしは恐る恐る次の言葉を紡いだ。
「まさか、退学、なんてこと…」
「…」
「やだ…」
「バカ、そんくらいで退学とかねーだろ」
こらえてたものを吐き出すように、先輩が笑い声をあげる。
なにが面白いんだろう。
泣きたい気分になる。
「良かった…」
「俺、学校やめるから」
「えっ?…だって、退学じゃないって」
「めんどくせ」
また笑い出す奥村先輩。
「…」
「俺、東京行くわ」
「えっ?」
「あっちで劇団立ち上げた先輩に、来ねぇかって、前から言われてんだ」
そんなの卒業してからでも…と、出かかった言葉が、先輩の真剣な眼差しで封じられた。
「お前も来るか?」
先輩の顔が近付いてきて、苦しいほどに胸が高鳴る。
ーーあたし、なんて言えば良いのかな?
またキスされる気がしてぎゅっと目を閉じた。
「すっげぇ鼻息」
冷やかすように言い放った先輩の気配が、笑い声と共に遠ざかっていく。
刹那、頬が一気に高潮するのを感じた。
全身が熱くなって今にも破裂しそうーー
「お嬢には無理だよな。バイバイ」
意地悪な先輩はあたしに背中を向けて大股で去っていった。
「本気にしちゃったじゃない」
思わず出たひとり言。
振り向くと、困ったような顔をして佇む美咲と目が合った。

