〈 日菜子の成長 2/2 〉
「ちょっとごめんね、日菜子」
僕は、空いている方の手で日菜子の柔らかい髪を撫でてから、スマートフォンを耳に当てた。
「神崎です」
嫌な予感がした。
そして、その予感は的中し、僕は通話を終えてからもスマートフォンの背を暫く爪でトントンと叩きながら、考え倦ねていた。
「輝ちゃん?」
僕の横顔を見上げながら、日菜子が首を傾げている。
「日菜子、僕の患者さんの容態が良くないらしくて、」
「行っちゃうの?」
言い澱んでいる僕に日菜子がそう訊ねた。
「ごめん、病院に戻らなくちゃいけない。――家まで送るよ」
こういったパターンは珍しくない。
日菜子と過ごしている時に急患が入って、病院から呼び出しが掛かり、その度に彼女に寂しい思いをさせてきた。
小さい頃はよく、「行かないで」と大泣きされたものだ。
「いいよ、輝ちゃん」
「え?」
「早く行ってあげて。あたしはもう少し買い物したいから……電車で帰れるし」
「日菜子……」
いつからこんなに聞き分けが良くなったのだろう。日菜子もいつの間にか成長していたんだな、と思った。
「ほら、輝ちゃん」
「ん」
僕は頷いて、日菜子の髪を撫で、その可愛い額に軽くキスをした。
「ごめんよ、日菜子」
日菜子は「早く」と目で合図を送りつつ、ニコッと微笑んだ。落ち着いた笑顔が妙に大人びて見えて、僕はドキッとした。
小さい頃はそうでも無かったのに、日菜子は年々、倫子さんに似てくる。
僕は彼女からゆっくりと手を離し、駐車場に向かった。
日菜子のことも気になったが、患者さんの容態も当然気になる訳で、そんな事を天秤に掛ける事自体が無茶なのに、僕はいつも苦渋の選択に迫られる。
それにしても日菜子――いつからあんなに大人になったんだ?
感慨深い気分になる。何しろ日菜子の事を3歳の頃から見てきたのだ。
彼女が大人の女性になり、対等に付き合える時が来るのを待ち望んできた。
僕らは婚約者同士で、平行線を辿るように、同じ場所を目指して今日までの人生を歩んできた。
そして、それはこれから先も変わらない。

