山風 | 文芸部

文芸部

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走り慣れていないカーブだらけのぐねぐねとした国道を車で進み、いくつものトンネルを抜けてもうどのぐらい経ったのだろう。気が付くと辺りにちらほらあった店や民家も消え、一面に緑が広がる景色になっていた。

 

 

 

俺の名は櫻井証。関東のとある会社で事務員をしている。なんとなく偏差値に合わせて入った適当な大学を出て、なんとなくフリーターをやって、なんとなく応募した会社に入った、どこにでもいるごく平凡な男だ。入社後も仕事はなんとなくボケーッとやって、ミスをしても適当にごまかし、定時になったら帰ってなんとなくブログについたコメントに返信をつける。そんな毎日を送ってきた。

 

 

 

そんな俺が突然、虚無感に襲われたのはもう半年も前のことだ。ある日、なんとなく会社に行きたくなくて休んだ。最初は1日休んだらまた行こうと思っていたが、休んだ次の日、またなんとなく会社に行きたくなくて休む。そのうち朝起きるのも億劫になって、なんとなく近くの心療内科に行って診査を受けた。行ったら、担当の桧室とかいう変わった名前の医師が出てきて、耳糞をほじりながら面倒くさそうにいくつか質問をし、適当に答えたら最後に「はいはい、うつ病ですね」と言われ、診断書と薬の処方箋を渡されて追い返された。その診断書を持って会社に行ったら、あっさりと1年間の休職が認められた。そして今に至るわけだが…

 

 

 

休職して最初の頃は、ただ毎日テレビを見たりゲームをしたりブログについたコメントを眺めたりして過ごしていた。だが、時間ができたことにより徐々に虚しさが増していった。なんとなく入った会社をなんとなく休職して、1年したらなんとなく復帰して、またなんとなく嫌になったら休職してを繰り返すのだろうか。俺の人生、そんなのでいいのかと。そんなのは御免だ、俺はきっともっと偉大な何者かになれるはずなんだ。けど何者かとはなんだろう?それがわからなかった。わからないまま時だけが過ぎていった。そしてある日、突拍子もなく思いついた。そうだ、旅に出よう。自分探しの旅に。それがそもそもの始まりだった。

 

 

 

 

そうしてやってきたのが、ここ北陸地方にある玉津市、玉津温泉だ。俺はここに宿を借り、温泉にでも浸かりながらゆっくり今後のことを考えたいと思う。人生とはなんなのか、俺の志とは、この国の行く末を憂うる志士として、俺はどう生きるべきか。そういうことを考えるつもりだ。そういう意味で、この自分探しの旅の意義は大きいといえる。ここでの俺の意思決定が、今後のこの国の行く末を占うともいえるからだ。

 

 

 

やがて、一面のクソミドリに覆われた山奥に、平屋建ての木造瓦葺屋根の大きな建物が見えてくる。

 

 

 

 

そう、ここが俺がこの先逗留する宿、「広石荘」である。