荒牌 | 文芸部

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「ツモ!タンヤオイーペードラドラ満貫!2000-4000」

 

 

 

「ゲゲゲッ!親っかぶり!」

 

 

 

俺は勢い良く牌を卓に叩きつけ、役と点数を読み上げる。同時に喪蛾の悲鳴にも似た叫びが雀荘にこだました。

 

 

 

「櫻井さんそりゃあんまりですねぇ。私、やっとトップで終われるかと思ってたんですよぉ」

 

 

 

オーラス間際の南三局、どうやら俺にもツキが回ってきたらしい。このアガリで俺はトップ、喪蛾のオッサンは点差をつけられての二着。勝ちはほぼ確実だった。後は次の局で喰いタンでも何でもアガれば勝ち。早くも楽勝ムードに入っていた。

 

 

 

 

あの再会の日から今日でちょうど4週間。俺は相変わらずパチンコ屋で過ごすことが多かったが、副業で雀荘にもときどき顔を出していた。趣味の延長線上とはいえ、本当の目的は金を稼ぐこと。パチンコだけではどうしても稼ぐのに限界があった。だからこうして麻雀もやることで、別の収入源も確保したかったのだ。

 

 

 

 

どうして別口での稼ぎが必要になったか。そのきっかけはあの日、彼女に聞かされた話がどうしても俺の中でしこりとして残ったまま将来への不安を掻き立てているからだ。この国の未来は明るくない。それは肌感覚として俺にもわかる。彼女の話によれば、来年から団塊の世代が後期高齢者になるのだ。人間は必ず歳を取るからこれは事実で、避けようがない。そうなれば当然社会保障費も膨らむ。その先に待っているのは増税。そして俺みたいな生活保護の人間は保護費を削られることになるのは明らかだ。年金の受給額を減らせば国民から非難を浴びることになるだろうが、生活保護費を減らしても恐らくほとんどの国民は文句を言えない。言わない。ただでさえ生活保護に対する世間の風当たりは強い。まともに自分の収入で生活してる多数派からしたら俺らみたいなのは単なる金食い虫だ。当然目の敵にされる。保護費を減らしても多数派は困らず、少数派が困るだけなら政府としてもかまわないし、世間も納得するというわけだ。俺らはいずれ近いうちに社会から爪弾きにされる運命にある。それを知ってしまってからは不安を感じずにはいられなかった。だから少しでも稼がなくてはと思って、こうして努力している。もっと別の方法があるだろと言われるのは百も承知だが、残念ながら俺にできるのはこのぐらいしかないのだ。

 

 

 

「…あ、マスター、俺この半荘で終わりにします。終わったら清算お願いします」

 

 

 

「あ、私も次で最後にします。この後西園寺世界ちゃんのライブがあるんですよぉ。ぐへへへへ」

 

 

 

…このオヤジは本当呑気でいいな。バカは死ななきゃ治らないわけだ。

 

 

 

 

結局、最後の局は全員ノーテンで流局。点棒の動きはなしに終わった。最後アガれなかったとはいえ、支払いもゼロだった俺のトップが確定。そのまま清算金を受け取って店を出た。

 

 

 

「それじゃ今日は急ぐんでこれで失礼つかまつりまする。ぐへへ、西園寺ちゃん西園寺ちゃん…」

 

 

 

気持ちの悪い笑い声を残して去っていく喪蛾。俺は何も言わず、缶コーヒーを飲みながらその姿を見送った。…ふぅ。厄介者がいなくなって俺はようやく一息つく。それにしても、あれから今日で4週間か。長かったような気もするし、過ぎてしまえばあっという間だった気もする。いつしか冬は遠ざかり、春も目前という季節へと変わっていた。世間じゃ何もかもが新しく始まる季節だ。だが俺は何も変わらない。立てばパチンコ、座れば麻雀、歩いていく先は市役所の生活保護課だ。そんな日常に嫌気が差しつつも、何一つ変えられない。だからますます自分が嫌になる。そんな中でも俺なりに努力はしている。真っ当なことで生きられなくても、どうにかやれることはやっているつもりだ。でもその意味もわからないし、その先に何があるのかもわからない。こうして雀ゴロの真似事をしたところで、いつまで勝ち続けられるか…

 

 

 

答えはわからないまま、俺は飲み干した缶をクズかごに投げ入れると歩き出す。先になにが待ってるかなんてわからない。麻雀でいえば今の俺は初手でバラバラな、荒涼とした配牌を掴まされたようなもんだ。一局だけじゃなく、たぶんこの先もずっとそんな配牌が続く。そんな中で、そうにか荒れた牌を継ぎはぎしてやり繰りしている。そんな状況だ。面子を作り、手の形を整え、工夫する。だが努力もときに意味を成さない。最善を尽くしてなお五分五分。次の局ではまた荒れ果てた手牌が待っている。そんな闘牌だ。

 

 

 

これから吉川さんと会うときだというのに、気持ちは暗く淀んだままだった。足取りは重く、髪はボサボサで、服はよれよれでアイロンもかけていない。ついでに言えばパチンコ店ほど換気がされていない雀荘にいたせいで、煙草の臭いも少しシャツについている。あきらかに無職丸出し、前回会ったときから何も進歩していないのがバレバレだ。普通、こんな男と会ってくれる女はいない。姿を見たら呆れて帰るだろう。けど彼女だけは違う気がする。もし彼女が聞いてくれるなら、もう全てを話してしまおう。今のことも、これからのことも。話したってどうにかなるわけじゃないけど、全てを吐き出したら楽になれる気がした。