
和賀英良が追い詰められてきました。
今西は和賀と亀嵩の接点を見つけようと鬼の形相で・・・・・・
自分が追っているものがおぼろげにわかりかけてきた時、人間は今西刑事のようになるよなあ。
そして、今西と吉村が帰った後、恐怖に慄く和賀英良・・・・・わかる。これも人間である。
今西と吉村に出したミネラルウォーターを捨てる和賀・・・・人間である。
このように砂の器には所々に人間としての「ありうるなあ、俺も」というこだわりの部分がある。
それがまた、見ている人の心に響いているのだと思う。
華やかな都会で裕福に暮らす和賀英良。しかしその過去には田舎中の田舎である奥出雲の亀嵩。
そして父親との逃亡生活という貧困さ。
和賀英良のやすらぎは、父との逃亡生活の中でいつもそばにあった鍵盤ハーモニカ。
わかるなあ。わかるからこそ、見ていて心が打たれるのです。