息子が不登校に至るまでのこと | grayzone life

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グレーゾーンの息子とアレキシサイミアの夫を持つカサンドラ気味な私が綴るブログです。
日々の生活で直面する試練やその中で見つけた喜びや気づきを共有し
同じような状況にある方々にとって励みとなることを目指しています。

 

はじめまして。
息子の高校不登校を経て
全ての原因はグレイゾーンがだと確信した
ぐれいの母です。

息子の今までのちょっとした違和感が
グレーゾーンだからだと解り
不登校だけの対処ではなく
これから先に繋がる根本的な対処が必要だと感じ
グレーゾーンの子の不登校のことと併せて
日々の対応や将来に向けてのことを
綴っています。

私たちの経験が
同じような悩みを抱える方々に
少しでも参考になれば幸いです。

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今回グレーゾーンを確信した

息子に対する最初の❓は

"言葉が遅い"

ということだったかも知れない。

 

 

ただ。

 

それは今だから思えること。

 

 

当時は

"言葉なんて早い子がいれば遅い子もいるし
 年中さんで話せたんだからまぁ許容範囲よね"

という受け取り方をしてた。

 

 

そう、その

"言葉がちょっと遅い"

それだけだったらその判断で

よかったのかもしれない。

 

 

 

そしてあえて言うなら

息子のぐれいは男の子遊びも
するにはしていたけど
それより折り紙や工作が好きだった。

 

 

 

でも男の子だから

戦隊ごっこをしなくてはとは思えず

「折り紙男子なのね (笑)」

という受け取り方をしてた。

 

 

 

保育所育ちだけど

これといったトラブルもなく

個性といえばそれまでの。

 

 

 

そんなものがあったりしてた。

 

 

 

 

食欲は普通に。

運動も特にできない事も無く。

ただ風邪はひきやすかったかな。

 

年長さんくらいになると

随分おふざけキャラになってきてたっけ。

 

 

 

 

でも多動とかは無く

先生のいう事に従えていた。

 

 

そんな普通に過ごしていた

幼少期の息子。

 

 

 

 

 

 

小学校にあがって

文字を書くようになりましたが

ちゃんと書くことを嫌い
みみずの字でした。

 

 

きれいに書くことを学ばせたくても
めんどくささが勝ち

みみずの行進。

 

 

それでもなんとかテストの時は
みみずと文字の狭間の字で

のりきれてて。

 

 

 

漢字は確かに苦手でした。

 

が、

 

全然覚えられないことはなく

テストもなんとか

こなしていってました。

 

 

 

あとは

整理整頓が苦手だったかな。

 

 

まぁでも

わたしが滅茶苦茶厳しく育てられ
結構しんどい育ち方してきてて

そうしたくなく

 

片付けを促したり注意したりして

してなくても

厳しくはしなかったからかもしれない。

 

 

まぁわたしも子どもの頃は

片付けキライだったし💧


 

そんな息子。

 

 

 

小学生4年のある日

担任の先生から呼び出しがあった。

 

 

原因は学校に

ミニカッターを持って行ってたから。

 

 

学校としては危険なものなので

ということだった。

 

その時ぐれいに

"誰かを傷つけると危ないから"

という事を伝えたけど

 

ぐれいは

"俺は誰も傷つけないから大丈夫"
と、自分の理由に

拘ってる感じが

ちょっとひっかかったかな。

 

 

あとこの頃
柔道のお稽古をはじめてみたものの

走り込みがしんどいからと

1年足らずで辞めた。

 

 

 

小学校高学年くらいから
ゲームに夢中になって

たまに人格変わる感じが見受けられてたので
その時だけはゲームを取り上げてた。

 

大きくなり自分の拘りが出てくると共に

思い通りに行かないと

癇癪が起きるようになったのもこの頃かな。

 

 

しかし
第二次成長期の前触れともとれ

こんなものなのか❓

と、思ってた。

 

 

 

 

中学では

移動教室先で隣りの子とケンカになり

担任から呼び出し。

 

しかけてきたのは相手だったけど

そこで対処できず

それにし返してしまって

お互いにひっかき傷。。。

 

 

 

その後は中学男子の悪ふざけに巻き込まれ

かなりイヤな思いをしたであろうものの

当人のぐれいの方は超俯瞰してて

"バカらしい"と言ったりしてた。

 

 

中学では運動部に入ったりもしたけど
途中で膝を痛めて辞めるに至った。

そしてインドアな部活に変えたり。

 

 

 

学力はここまで

手の付けられないものは無く

なんとかついていってた。

 

 

下の下という訳ではなく
中の上といった感じ。

 

 

そんな中

進路決定に向け言い出したのが

大学進学。

 

 

だとしたら

 

高校進学先は

普通科がベストだろうしと選び

その受験に向け勉強。

 

以前塾に通わすも効果ゼロだったので

家庭教師にしてみた。

 

中三でちょっと下降していた成績も

なんとかそのせいか持ち直し

結局、一般の受験ではなく

特色化選抜を受けられるようになり

県立高校普通科合格。

 

 

風邪で学校を休むことはあったものの

なんとか夏休みも超し二学期。

 

その後初の赤点をとることとなって

暗雲がたちこめだしたものの

 

あの日までは普通に

学校に通ってました。

 

 

 

そしてちあるプリントきっかけで

不登校に突入…。

 

 

 

 

ただこの時この陰に
グレーゾーンの存在があったことに気付けたのは

それから一年弱後の

つい最近の事となりました。


 

 

ひとまずざっくり

不登校に至るまでの経緯を記しておきます。
 

 

それではまたコーヒー

 

 

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