いいのか悪いのかわからない人生

いいのか悪いのかわからない人生

新型鬱病が近いのでしょうか、心療内科で薬を処方されているものの社会生活は普通に送れていて「自分の心の中」以外、問題はありません。
そんなやつが、あれこれ言うなと言われそうですが、傍目には順調な人生を歩んでいるようにしか見えない人間の心の中を書いてみます。

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疲れた。


眠い。


寝たら、明日が来てしまう。


明日とは希望の象徴?


いや、苦痛の繰り返し、明日とは終わりの無い苦痛





改めて思い出す。
子供の頃、学年ごとに仲のいい友達が変わる。
クラスが変わると、赤の他人になってしまう。
毎年商店街のお祭りには一人でいって、
することも無く10分くらいで帰ってくる。
友達と記憶に残ることをしたことが無い。
ある年にはこんなことがあった。
「お祭り、行こうよ」
「ごめん、別の友達と行くからだめ」
同じ学校だから、みんな知ってるんだけど・・・
学生時代の思いでは無い。


卒業式が終わり、卒業証書を受け取り、
泣き出す子がいて、
私は空っぽの心で何かに期待して席に座っていた。
泣きそうになった。
思い出せる思い出が無い。
この瞬間、最後の言葉を交わす友達が思いつかない。


あきらめて、席を立ち、静かに家に帰る。
中学も、高校も全く同じだった。
だから、昔に戻りたいという他の人の意見に全く賛同できない。
私にとって学生時代は不要な時間だった。


社会人になり、
そこから私の人とのコミュニケーションが始まった。
仕事上でのコミュニケーションはうまくいっていた。
私は、それを誤解した。
仕事上なのだ。

それでも、若い頃は職場の飲み会は全員参加だったから声をかけてもらえた。
たくさんの中での孤独、いつもその感覚が消えなかった。
歳をとり、職場も変わってくると
気心しれたもの同士が行動するようになる。
次第に声をかけられることが無くなり、
私を視野に入れず招集をかけている場面が多くなった。
聞こえていても気づかない振りをするのが大変だった。
原因は簡単だ、嫌煙されていたわけでは無いのだから
私からいきたいって言わなかったからだろう。
無意識に仕方ないなぁという雰囲気を出していたと思う。







ああ、私は虚構の世界に逃げたいんだ。
現実を認めたくないんだ。
認めたくない現実って何だろう。

私という人格は必要とされていない。
私の能力だけが必要とされている。
どんな話題でも
私の名前が出てくることはない。
仕事ではすぐに
私の名前が挙がるのに、
同じように見えて、これは全く違う。
ある飲みの席で、初めて
私の名前が出た。
「親戚にしたい人」
困ったときに頼れる人だそうだ。
トラブルや難題ばかりの職場ではいてもらわないと困るそうだ。

やっぱり、能力だった。
言い換えれば、普段はいなくていい人であり、
つまりは、出番が無いことが最も望ましい状態なのだ。

実際、普段の飲みなら、声をかけられることは皆無、
いたって、何も話すことないし、
私がネタになることはない。

いじられキャラになる要素もないし、
いじっても期待される反応を出来ないだろう。

ここまで来ると意地になる。
入社、転職、異動、昇格、どのタイミングでも
私が祝われる対象になった事がない。
飲みの席で話を振られることもない。

贅沢な悩み、わがまま、
そう言われるのだろうか、
集団の中の孤独、

子供の頃からずっとそうだった。
なれたとはいえ、辛い。







唐突ですが、思うわけです。


なにやってんだろう、おれ、



なんで生きてんだろう。


昔から、少し変わったもの、


虚無感から真の空(から)になった感じ、


それはよいのか、更にひどくなったのかわからない。


負を突き詰めたら0(ゼロ)になった感じ、


ある値から負と感じる地点があったんでしょうか、


で、行き着いた感じ、


でも、まだ先があるようにも感じるわけで

あとは、感情がさらに無くなっていくだけじゃ無いか?


そして、感覚がなくなっていくのかな?


まぁ、いいや、どうでも

こういうことを書いている時点で本当はどうでも良くないのでしょうね