しかし、あることに私は気がついた。
左腕の傷跡があまりにも隠し切れない状態になっていたことだ。
2016年4月の時点で私は25歳だったわけだが、上京し、東京でアルバイトを探したり養成所に通所してる時に初めて気がついた。
今までは絆創膏やヘアゴム、パワーストーンで隠してきた。
地元北海道では絆創膏をしながら平然と接客業をしていたのに。
本当は縫わなくてはならないような跡も絆創膏を適当に貼っていた。
雇ってくれてたバイト先に申し訳なく思った。
東京という場所で真剣に慎重にバイトをしながら声優を目指すにあたって私はいよいよ自分の誤魔化し切れない生い立ちや精神疾患と本気で向き合っていくことになった。
ダンス、ボイストレーニング、演技…週3コースのレッスン。
私は同期の足をかなり引っ張り気味になっていった。
今でも尊敬してる講師は言った。
「本当に声優になりたいなら好きな声優への憧れも捨てなさい。同じ土俵に立ち、競い合う存在になるのだから。」
私は好きな声優さんへの憧れを捨てきれなかった。
捨てきれなかったどころか大好きな声優さんのイベントに行くことすら出来なかった。
『目があったらどうしよう』
挫 折 し た 。
2016年8月、天皇退位のニュースが流れた数日後に100歳を超えていた親戚の地主が亡くなった。
ナレーションの練習で
【東京オリンピック】
に触れた。
私は完全に自我を殺そうとしてみたけど、
出来なかった。
東京の暮らしでは食べ物に困ることや何より暑さで苦しんだ。
自信喪失し、醜形恐怖症(身体醜形障害)を発症し始め、体調も崩し、レッスンを休むことも増えた。
金銭的にももう厳しい。
私は北海道に帰ることを…決意した。
2016年9月、重度の鬱により寝込むことが増えた。
2016年12月、色々と迷った挙句の果てに生活保護受給申請をした。
2017年2月~8月、バイトの復帰が厳しいと感じていた為、B型作業所に通所。
セクハラ被害を受けた。