2023年11月23日から26日迄、お母さんの出身地である十勝に産まれて初めて自分の足で行き、お母さんの妹の叔母様の力を借りて親戚に会ってきました。
私は今年度、33歳になる。早生まれなのでまだ32歳。
いよいよ、【結花ちゃん】【結花】から叔母さんを名乗る時が来たのだと感じた。
従姉妹の娘、従姪にも会わせて貰い、尚のこと、『ああ、私も叔母さんになったのだなぁと実感した。』
そんな【結花叔母さん】は
このエッセイの最初の頃の記事に書いたような人生を送ってきた。
忘れもしない2000年6月30日、私が10歳、長男の兄が14歳の頃に父親が突然【千葉県へ単身赴任に行って来る】と言い、【クリスマスには帰って来るから】と約束をしたっきり、父親は帰って来なかった。
2001年8月13日、新札幌駅で父親と再会したのが最後、父親とは会えなくなった。
長男である兄は会えなくなるとわかっていたらしい。
兄はバスに乗り、父に手を振った後、珍しく泣いていた。
11歳だった私はまだあまりよく物事をわかっていないながら、父との別れが悲しくて泣いていた。
父親に合うことがそれで最後になるとは…思っていなかった。
私はその後、担任の教師と相性が合わなかったことや家庭環境の複雑さから12歳にて精神疾患を発症した。
最初は息苦しさから始まった。
自分の身体が自分のものではなかった。
息苦しさを誤魔化す為にチックが発症したり、次は自律神経失調症で唾液が異常に出てしまう、喉の違和感を抱える等の2次障害3次障害等が出て来た。
授業に集中どころではなかった。授業に出席するだけでいっぱいいっぱいだった。
精神疾患については友達に相談したり、親にも話したが何も解決しなかった。
『いっそ、倒れてしまいたい』
と常に思っていた。
【目には見えない病】への苦しみを抱えた。
勉強が好きな性格だったが、勉強をすると学校のことを思い出してしまう為、勉強も避けるようになってしまった。
私の精神年齢や学歴はほぼほぼ小学4年生、10歳で止まっている。
もし、甥、姪、従姪、親戚やその他の人達が精神疾患を発症し、精神障害になったりしたら、
伝えたいことがある。
何をしてでも広めたい話がある。
自殺の大半は自殺未遂で終わり、身体障害者になる可能性がかなり高く、眠剤で自殺未遂をした場合は薬に免疫がつき、眠剤を注射する未来が待つだけになるからお辞め下さい。
私はマイスリー140錠を飲んでも生きていた。
眠剤の中でもかなり強いサイレースが効かなくなってきている。
そのうち眠剤注射になるのだろうと思っている。
同じようにはなって欲しくはない。


