父方も母方も藤原氏族摂家で土地を持っていた。
父方は有名な苗字を持ち、遡れば薩摩藩、高千穂と高天原の近くに辿り着く。
父方は根室の一部を統治し、土地を持ち、ラーメン屋と漁師をやっていた。
父方が作ったイクラは世界一美味しかった。
父は私が10歳の頃に千葉県へ単身赴任に行き、11歳の頃に新札幌で会ったのが最後、会うことはなかった。
なんの知らせもない為、生きてはいるはず。
多額の借金に悩まされた母が縁を切った。
18歳か19歳の頃に祖父が癌で釧路の病院へ入院したとの情報が母方の祖母から入り、祖父へ会いに行ったのが最後、父方とは縁が切れた。
根室の土地は遺産争いをさせない為に国へ譲ったと聞くが真相は定かではない。
父方の祖父と祖母は同じ北海道でも石狩管内から車で8時間以上の距離がある中標津だった為、一生に3回程しか会えた記憶が無い。
父は典型的なBO型で自由奔放、短気だったが、子供の前では優しかった。
いつも時代の最先端のおもちゃや本や家具を買ってくれていた。
母方は健在なので明かせず。