ナイキジョーダン-リッチー-ゲリン3 | graybanのブログ

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この間、ゲリンは幾つかのチーム記録を作り、1958年12月12日のセントルイス-ホークス戦では21アシストを記録。これは当時のニックスのチーム記録となると共に、41年後にジョン-ストックトンに破られるまではマディソン-スクエア-ガーデンにおける最多アシスト記録だった。また1959年12月11日のシラキュース-ナショナルズ戦では当時のチーム記録となる57得点を記録した。

ゲリンはすぐにニューヨーカーたちのお気に入りの選手となり、1957年からは6年連続でオールスターに出場し、オールNBA2ndチームにも3度選ばれるなど、個人としては華々しいキャリアを積み重ねてきたが、一方ニックスはゲリンが在籍した8シーズンの間にプレーオフに進出できたのは、僅かに1回だけだった。そしてゲリンが31歳を迎えた1963-64シーズン序盤に、セントルイス-ホークスに現金と2巡目指名権との交換でトレードされることになった。この時点でゲリンのニックスでの通算得点は、カール-ブラウンに次ぐ2位だった。ゲリンがホークスの選手として最初にマディソン-スクエア-ガーデンのコートに立った時、ニックスのファンたちはスタンディングオベーションで彼を迎えた。