報道番組に喝!【NEWS WATCHING】15
文=森 達也
拍子抜けする小さい扱い
報道しない番組も
本誌編集部から「NEWS WATCHING」への寄稿を依頼されたのは3月上旬。最近はテレビの熱心な視聴者ではないので断るべきだろうかと考えたが、録画した各局のニュース番組のDVDを送ってくれるという。ならば比較検証はできる。この時点でテーマも指定されていた。平田信の一審判決を各メディアはどのように伝えたか。とても順当だと思う。僕がもし編集部の一員だったとしても、森ならばオウム報道について書かせようと考えるはずだ。
送られてきたDVDに収録されていた番組は、「ニュースウオッチ9」(NHK)、「報道ステーション」(テレ朝)、「NEWS23」(TBS)、「スーパーニュース」(フジ)、「NEWS ZERO」(日テレ)だ。観終えて困惑した。なぜなら判決の扱いがとても小さいのだ。
各番組のトップはほぼ佐村河内守氏の記者会見。この会見にどれほどジャーナリスティックな要素があるのかと指摘することは可能だけど、「犬が人を咬んでもニュースにならないが、人が犬を咬んだらニュースになる」との格言が示すように、ニュースはジャーナルな要素だけでは規定できない。多くの人が関心を持つことも大きな要素だ。ならばこれがトップになることは仕方がない。そう考えながら観続けた。
その後もクリミア半島の情勢や大阪十三で起きた火災、関東地方を襲った春の寒波などのニュースが続く。順番やチョイスは各番組でまちまちだが、平田判決のニュースがなかなか始まらないことは共通している。スタジオのコメントはほぼない。フラッシュニュース的な扱いだ。「報道ステーション」に至っては、(少し驚いたが)まったく報道されなかった。
短いので内容的にも大差はない。強いて言えば各局が例によって法廷画をインサートしながら法廷の様子を伝える中で、「NEWS ZERO」はCGを使用していたこと。これはなかなか斬新だった。でも同時に思う。なぜ法廷にテレビカメラは入れないのか。本来は公開原則のはずだし、実際に傍聴席は一般に開放されているというのに、なぜメディアはこれを撮れないのか。そして撮れないことへの異議申し立てをしないのか。まあでもそれは今回とは違う理路。とにかく結論としては、各局とも事実関係しかアナウンスしないからほとんど違いはなく、ひとつのテーマに対して各局のニュース番組がどのように報道したのかを比較検証するという趣旨は、平田判決を選んだ段階ですでに成り立っていなかったということになる。
でもだからといって、今回は失敗だったとは思わない。この扱いの小ささは、オウム事件の報道について、違う位相の問題を提起する。
記憶では1月16日の平田初公判は、各局もほぼトップの扱いだったはずだ。各社は当然のようにヘリを飛ばして傍聴券を求める人の列を撮り、地裁前では記者たちがマイクを手に、オウム真理教の事件では初めての裁判員裁判になることや被害者参加制度が利用されること、そして確定死刑囚となった複数のオウム信者がこれから証人として出廷することなどを、とても熱っぽく解説していた。さらに振り返れば平田が出頭した翌日の2012年1月1日、元旦だというのにテレビは、臨時ニュースを流していたはずだ。
かつてはそれほどに大きな扱いだった。それが見事なまでの尻すぼみ。要するに飽きたのだろう。言い換えれば消費され過ぎたのだ。
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