1999年、J1の京都パープルサンガに完全移籍。初のJリーグでも1年を通して活躍し、出場停止1試合を除く29試合にフル出場した[2]。自身は翌2000年も京都でのプレーを考えていたが、「このチームで続けられる、と思っていたらできなかった。いまでもその理由が分からない」と述懐する[2]何らかの理由により実現せず、この年は大分トリニータに期限付き移籍される事になった。大分は最終節までJ1昇格争いに絡み、2位と勝ち点1差の3位でシーズンを終えた。
翌2001年、今度はヴィッセル神戸に期限付き移籍で加入し、2002年からは完全移籍となった。
2004年、神戸からガンバ大阪に完全移籍。2005年はクラブ史上初となる外国人キャプテンに任命され[3]、G大阪はこの年にナビスコカップ準優勝、J1リーグ初優勝を果たした。
2008年、9年ぶりに京都サンガF.C.に復帰。2009年12月1日、京都は契約満了に伴いシジクレイと来シーズンの契約を結ばないことを発表した[4]。
2010年、古巣のカスカヴェルCR(旧-カスカヴェルEC)と契約したが7月にCNマルシリオ-ジアスへ期限付き移籍。