フェニックス-サンズ(1980-83)
1980年にフェニックス-サンズに移籍した。ジョンソンは、選手として更なる名声を高めて主にシューティングガードとして活躍しソニックスでは2番手か3番手の選手だったがフェニックスではチームの主な得点源になった。
ボストン-セルティックス(1983-90)
ボストン-セルティックスは、プレイナイキ エアフォース フで何度かフィラデルフィア-セブンティシクサーズに敗れていた。セルティックスのゼネラルマネージャーのレッド-アワーバックは、ジョンソンのデフェンス能力を高く評価してサンズから獲得した。ジョンソンの獲得は成功してセルティックスは、ラリー-バード、ケビン-マクヘイル、ロバート-パリッシュ、ダニー-エインジを要し黄金期を作り1984年と1986年に優勝した。 バードは常々 DJは一緒にプレーした中で最高の選手だ と語っており、2人のコンビプレーは見る者を楽しませた。特に1987年のプレイオフ、対ピストンズ戦でみせた残り5秒からの奇跡の逆転劇は伝説となっている。また、1984年のNBAファイナルでは前半こそ調子をおとしていたが、4戦以降目覚ましい活躍をみせ、得点はもちろんディフェンスでマジック-ジョンションを苦しめ、優勝に大きく貢献した。