私ははてなブックマークが大好きなんですが、そのはてブでさっき上がってた記事がこちら。
要するに、あまりにも上手くいきすぎてご都合主義のような現実を比喩してそのような表現をされてるようです。
こういうユーモア大好きです。
で、こんなめでたいことだけならいいんですが、「え?ちょっとそこまでやる???」というようなニュースも見ました。
海外で電子機器が一斉爆破したというやつです。
こちらもフィクションよりもフィクションのような出来事。
なんでこんな光も闇も強いのか、スピ尺度で考察すると、以下のようなことになるかなぁと思っています。
少し前まではディセンションの時代、分離を経験する時代でした。
つまり有史以来、ずっと「複雑さこそ現実だ」という時代だったわけです。
だから小説家や漫画家があまりにシンプルな物語を描けば、リアリティがない説得力がないと怒られたわけです。
複雑にすることで深味や説得力を出さないと評価されない。現実を描けてないとされてしまう。
しかし今回の有史以降初めて(有史以前のいくつもの超古代文明のことはさておき)、ディセンションからアセンション、分離から統合の反転を経験してるので、「は?こんなんありえんやろ」ってみんななってるわけです、光であれ闇であれ、最近のいろんな出来事を見て。
じゃあなんでアセンションに転じたらこんなわかりやすくシンプルなことが起こるかというと、地球のエネルギーが統合されてシンプルになってきたからじゃないかと思います。
散り散りバラバラになったエネルギーが複雑に絡まり合って摩擦や抵抗を起こしまくってたのがこれまでの世界だったのですが、それがだんだん統合されて大きくシンプルになってきた、だから光的な出来事も闇的な出来事も、わかりやすく光だったり闇だったり派手なのかなと(とは言いつつ、闇の方はバックグラウンドを紐解けばいろいろありそうですがそれはまた別の記事で)。
たぶん以前だったら黒魔術とか悪魔契約とかある種のエネルギーや意識のチート技使わないとこの規模のことはできなかったんだと思います。
分離のエネルギーが複雑に絡まって、摩擦や抵抗だらけだったから。
スポーツの場合は最も重いフィジカル(肉体、身体能力)がついてくるわけですから、意識のチートだけでどうにかなる世界ではなさそうな気もしますが。
でも今はどうやら、自然で本来の意識の使い方であれくらいのことができるのかなと。
「いやあれは大谷選手だからできるんでしょ、おれかんけーねーし」と言ってる場合ではありません!(笑)
みんな内側を統合してシンプルになって本来を取り戻していけば、この地上でもあれくらいのことができるということだと思います。
あれが本来の私たちの姿です。
内側をシンプルにすれば、シンプルな現実が投影されます。
ということで、コツコツ分離を片付けて、今生もいけるところまでいって、地球卒業組の人は来世もっと軽い星で大谷選手みたいにやりたい放題やったらいいんじゃないでしょうか、人それぞれ、投影したい現実の好みはあるにせよ。
以上、勝手な考察でした。
テキトーに話半分で聞いてもらえると幸いです。
