「人助けは徳にはならん」雑談メモ

人助けは得になっても「徳」にはならないのだ♡ 

人助けは「徳を積むため」にするものではない

やりたかったら やればいいだけのこと

徳=正しい行い=積めば「善人」に

 

なぜ 他人に親切にすると徳が積めると思ってる?

宗教の教えからなのだろうか?道徳心からか?

みんなが そう思っているからだろうか?

ようするに「いいねっ!」が欲しいからだろ?

 

「ありがとう」って言われたいからする?

誰かから褒められたくてする うんそれもいいよね

うんうん 徳の本質は褒められることだから間違っちゃいない

でも「徳」を与えることが出来るのは…人間じゃない

 

人間が褒めた者=善人ならば

大谷翔平は善人だが 実際はそんなことない

天から見れば「大罪人」賛美する人間も同じく罪人

教祖と信者は同罪なのだ♡

 

スポーツに なぜか熱狂するという「人類の罪」だよね~アホ

(これもある意味 偶像崇拝なんだよな~)

 

「徳」は神聖な物 天や神からもらうもの

人を助けて得になっても「徳」にはならない

人類は天に逆らった「罪人」である

他の罪人から褒められても「徳」は手に入らない

 

そんなこと あたり前田のクラッカーだろ?わかんない?

 

「徳」とは何なのか?

人間は最後まで 根本的なことを考えないから

いつまでたっても 愚かな罪人のままだった

なんとかならんかったんか~これ?

 

まぁ どうしようもないから 人類は滅ぼさなければならんのよ

 

もし 何をすれば「徳」になるのか?

明確にわかるなら「徳は積みまくる」べきである

「徳」を積むことは素晴らしいことだ

徳を積めば必ず「善人」になれる

 

善人は簡単に天に連れ帰ることが出来る(なんて素晴らしいんだ!)

 

「徳を積む」とは

罪人である人間に恩を売ることではなく

「天に恩を売る」ことである

「いのちに恩を売る」こと と言ってもいい

 

神聖な存在に恩を売ることこそ「徳を積む」ことなのだ

 

天に従った者は 天から恩返ししてもらえるが

天に逆らった者は 最後に滅ぼされる(あたりまえ)

滅ぼされたくなかったら 天に徳を積むしかないやろ?

天の声を聞いて 天に従うしかないやろ?

 

「耳あるもの」のみんな~天に従ってますか~がんばって!。

 

マタイによる福音書6章

「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

 

名残りの薔薇

世界が終わり 本物の太陽が昇った朝

この世で「徳」を積まなかった罪人は

聖なる光を浴びて 自ら燃える→灰になる

「善人」だけが燃えずに残る

 

君は生き延びることが出来るか?アーメン。

 

水平線

こっちの方がインパクトあるかな~?ホンマ。