アホな パラノイア話を書いてたら

「いつも何度でも」の歌詞の意味が

ちょっと閃いて わかったので

忘れないうちに考察メモを書く

「いつも何度でも」のCDジャケットは

緑の丘と岩と大きな雲だけ

だから いつも=いずも=出雲=出て雨と云う

 =アーメンと言う

 

いつも何度でも=何度でもアーメンと言う=讃美歌

 

つまり 歌の中のあなたは イエス・キリスト

「きっとあなたに逢える」=キリストのあなたに逢える

この調子で考察すれば 意味は簡単簡単

歌の解釈は みんなが自由にすれば良いだけだ

 

正解など無いのである アーメン。

 

いつも何度でも/木村 弓

・・・いつも何度でも替え歌考察メモ・・・

 

イエス様が 呼んでいる 胸(魂)のどこか奥で
いつも心踊る イエス様の夢を見たい

最後の人生で かなしみは 数えきれないけれど
その向こうで キリストのあなたに会える
繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の青さを知る(雲を見ない=再臨主を知らない)
果てしなく 道(永遠の苦しみの世界)は続いて見えるけれど
私の この両手は 光(イエス様)を抱ける

この世界が終わって
さよならのときの 静かな胸(魂)
罪が消え去りゼロになるからだが 

耳をすませる(目を覚ます)

いままで 生きてきた不思議 

これから 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじ

ララ ラ ラ ラ ラ ララララ ラ ラ ラ ラ ララララ
ラ ラ ララ ラ ラ ララ ラ ララララ ラ
ホホ ホ ホ ホ ホ ホホホホ
ルン ルン ルン ルルルルルル
ルン ルルルル ルン ルン ルル ルン ルル ル
ラ・ホ・ル=ラポール=天国への橋を架ける

 

ラポールとは、人と人との間に「心が通い合うような安心感と信頼関係」が築かれている状態のことです。フランス語の「橋をかける」という意味の言葉から来ています。コピペ

イエス様が 呼んでいる 胸(魂)のどこか奥で
何度でもアーメンと言って 出逢う夢を描こう

まだ逢えないと かなしみの数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっと讃美歌を歌おう

少しずつ忘れていく思い出の そのなかにいつも
忘れたくない イエス様の ささやきを聞く
こなごなに砕かれた 鏡(この世界)の上にも

(かがみ~火・我・御=天の火と自分とイエス様? 神と我=神と私?)
新しい景色が 映される

新しい世界の はじまりの朝の 静かな窓(神の戸)
罪がゼロになるからだ 幸せで充たされてゆけ

海の彼方(外国)には もう探さない
輝くもの(再臨主)は いつも(出雲)ここ日本に
そして わたしのなかに 見つけられたから

ララ ラ ラ ラ ラ ララララ ラ ラ ラ ラ ララララ
ラ ラ ララ ラ ラ ララ ラ ララララ ラ
ホホ ホ ホ ホ ホ ホホホホ
ルン ルン ルン ルルルルルル
ルン ルルルル ルン ルン ルル ルン ルル ル

天国への橋を架けよう

 

・・・終わり・・・

 

いつも何度でも ♪ 上白石萌音❌木村弓

御二方とも 真っ白な服で歌う

ヨハネの黙示録7章

9 その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、
10 大声で叫んで言った、「救は、御座にいますわれらの神と/小羊からきたる」。

 

リーガルリリーの歌が 

「悲しみの数を言い尽くしてる」ってことだね

ほんまにそうなってるから 面白い

どうなることやら

 

どうなろうとも知らんけどね アーメン。

 

今日ぐらいから 頭すっきりしてきた

ほのかの意識にアホなこと言ってるのが伝わったかな?

生霊が静かになっとる どれだけ続くかはわかんないよな~

ほんま 見えない世界を無視する この世界は生きにくい

 

「本当に大切なものは目に見えないんだよ」星の王子様 アーメン。

 

そう言えば「いつも何度でも」を歌う 

木村弓さんは必ず白い服だよね~

他にもYouTubeのカバーも白い服多い

これって歌の意味をわかってるってことだね

 

曲調も讃美歌みたいだからね~

 

千と千尋の神隠し「いつも何度でも」 歌:ザブリーズアドベンチャーズ / Cover

千と千尋の神隠し「いつも何度でも」歌:ザ ブリーズ アドベンチャーズ 

この二つは おんなじグループか~なるほど

ジブリ】千と千尋の神隠し / いつも何度でも Cover

真っ白の服に黒ベルトだな。