「待つわ」(まつわ)は、
あみんの楽曲で、デビューシングル。1982年7月21日にPHILIPS RECORDS/日本フォノグラム(現:ユニバーサルミュージック)から発売された。
当時 大ヒットしていた「待つわ」
意味を考えてしまうのは 当時からの自分の癖
「この歌詞の意味 誰かわかるん?」わかるまい
なんて思ってたな~(思ってただけ)
1982年7月21日発売
=超有名な「マタイによる福音書7章21節」
わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
待つわ(1982年) あみん
当時のジャケット
あみんのマーク「木の下に二人」=桜の木の下には~
Aming=アメン神=イエス・キリスト
だとわかって歌詞を眺めれば
だいたいは わかるかな~?ホンマ
そんなことより
youtubeの コメント欄に 歌詞書いてる奴がいねー
コピペして変形するのに便利なのに
歌詞の意味なんて 考えないんだろうね~
メロディ重視?ハモリたいだけ?かもね~。
・・・あみん「待つわ」歌詞考察 替え歌・・・
可愛いふりしてあの娘
「世界が終わるまで待て!」花嫁ルールの
ギリギリを攻めて 割とやるもんだねと
言われ続けた あの頃
だけど結局は
行ったり来たりすれ違い イエス様と私の恋
今生のいつかどこかで結ばれるって ありえない夢
だから 生きるのがつらかった
青く 広いこの空
(青くてヒーローの子の天=神の子)
イエス様は 今 誰のものでもない
風(天命)にひとひらの雲(雨と云う=アーメン)
流れて流されて~
私 待つわ…いつまでも待つわ
たとえ イエス様が振り向いてくれなくても
待つわ…いつまでも待つわ
他の誰かに イエス様がフラれる日まで
(イエス様の 試練はキリストの花嫁の選別
灯を消しちゃった花嫁に 求愛してフラれまくる試練
寅次郎=再臨主イエス・キリスト=男はつらいよ
「知るも知らぬも逢坂の関」をクリアできるのは2人だけ)
悲しいくらいに私 夢の中のイエス様の前では
おどけて見せる道化者(挙動不審)涙なんて要らない
分り切ってる強がり 平気で言ってみても
(分かり切ってる~「か」がぬけてる?
我を抜いた強がり?=本当の気持ちを抜いた強がり?)
ひとりぼっちの時には そっと涙を流す
誰も 私の心
見抜くことは出来ない
だけど イエス様にだけは
わかって欲しかった
私 待つわ…いつまでも待つわ
たとえ イエス様が振り向いてくれなくても
待つわ…いつまでも待つわ
せめてイエス様を見つめていられるなら
(イエス様はコハクヌシ
=しもべは琥珀を通して 時たま観ることができる
琥珀=魂の灯=マッチ売りの少女やね)
私 待つわ…いつまでも待つわ
たとえ イエス様が振り向いてくれなくても
待つわ…いつまでも待つわ
五十人の失格者に イエス様がフラれる日まで~
(キリストの花嫁は 魂の灯を護れば合格
たぶん こっちのほうが合格率は高い
日向坂46=灯を護った 46人の花嫁のメタ)
・・・終わり・・・
待つわ~松は=生命の樹=イエス・キリスト
松は、冬でも枯れずに青々とした葉を保つことから、古くから世界各地で「不老長寿」「再生」「生命の樹」の象徴とされてきました。日本でも神聖な木として尊ばれ、縁起の良い「松竹梅」の筆頭に挙げられるなど、生命力そのものを表す存在として親しまれています。コピペ
ルパン=パン神=ルパイン=松=生命の樹=盗人再臨したイエス様。
