私は影山から渡された実験の本をペラペラとめくってみた。すると、1つ目にとまった実験があった。「炎色反応」という実験である。

 炎色反応とは、一言でいえば炎の色を変える実験らしい。詳しい実験手順を読んでみるとこのような実験のようだ。まず、ナトリウム、リチウム、カリウム、カルシウム、銅、バリウムといった特定の金属イオンを含む水溶液を作る。次に、それに白金線を浸ける。それを炎に入れると、炎の色が変化するらしい。簡単そうだし、きれいじゃない?そう思って私はその実験をすることにした。

 早速、実験を始めようと思った。授業は教室の前半部分でしかやってないので、後半部分を使わせてもらえばいいだろう。薬品を取りに行こうと、奥の部屋の薬品庫へ入った。薬品庫では、影山も薬品をとっていた。薬品をとる量が多いのだろう、プラスチックのボックスを持ってその中に薬品を丁寧に入れていた。中にある薬品は、「ナトリウムエトキシド」とか「アセトフェノン」とか、化学嫌いの私には到底分らない名前のものだった。私も、薬品を取ろうとしたのだが、場所が分からなかった。

 中学・高校の化学室といっても、必要な薬品はそれなりに多い。初めて入った人間には、やみくもに探すしか方法はなかったが、そうする気がしなかった。すると、重そうにボックスを持った影山が声をかけた。

「何探してるの?」

私は、実験の本の、炎色反応のページを見せた。

「ああ、それだったら…」

そう言って影山は場所の分類を私に解説しながら、次々に必要な薬品を取り、さらに影山が持っているボックスと同じものを持ってきて、そこに薬品を入れた。

「こうしたら一発で持って行けるでしょ。」

「うん、ありがとう。」

「どういたしまして。あと、それから…」

そういうと、影山は薬品庫を出て、そこにあった大きな段ボールの中を探りだした。

「そう、これこれ。」

そう言って影山が差し出したのは白衣だった。

「最近中1がやめちゃってさ、せっかく買ったのにほとんど使わずじまいなんだ。だから、きれいだし、着てみない?」

「洗濯してる?」

「大丈夫、1回しか使ってないから。」

「してないんだ…」

そう言いながらも、貴重な経験だと思い、白衣を着ることにした。

「じゃあ、実験頑張ってね。」

そう言って影山は、薬品庫においてきた薬品のボックスを取りに戻った。


 私は、まだ授業が続く実験室(入ってすぐの部屋のことをそういうらしい)の後ろの机1つに陣取り、準備をした。実験の本は分かりやすかったので、準備をするのは簡単だった。薬品はすでに用意してあったので、あと用意するものと言えば火元のカスバーナーだけだった。料理などで火は使いなれているつもりなので、バーナーも簡単に点火できた。

 本で見て想像した通り、とてもきれいな実験だった。特に私が気に入ったのは銅のものだ。塩化銅をガスバーナーにかざすと、炎が瞬く間に鮮やかな緑色に変わるのだ。その色は鮮やかなまま絶え間なく変化し、ずっと見ていても飽きないものだった。私は調子に乗って持ってきたもの全てでやってみた。正直、ナトリウムやカルシウムはただオレンジになるだけで微妙だったが、他はそれぞれ鮮やかに変化した。理科嫌いの私にとっては、初めてやってよかったと思える実験だった。正直、今まで授業でやってきたものは、習ったものの確認のようなものだったのであまり面白くなかった。

 私は満足して、実験を片付けていた。その間に、授業が終わったようだ。すると、すぐさま日下(くさか)が駆け寄ってきた。

「ヒカリちゃん、来てくれたんだ。」

「うん。」

「まさか、化学を得意するためだと言って、化学部に入れちゃうなんて、大野先生も結構無茶苦茶やるんだね。」

「本当、滅茶苦茶だわ。なんで、化学のためだけに部活辞めないといけないの!」

影山のときと違って、日下は気の置けない友達でもあるので、自然な言葉で話すことができた。化学室に入ってから初めて緊張がほどけ、私は笑った。日下も笑った。

「で、何してたの?」

と、日下は聞いた。

「炎色反応だよ。」

「炎色反応かあ。あれ、きれいだもんね。私も入ったばかりのときに影山に見せてもらったことあるわ。」

「そうか、奈美も中3で化学部に入ってるんだよね。」

「そうそう、だから、伊達や影山よりも勉強遅れちゃってるから、授業とかも受けなきゃいけないんだよね。」

「へえ。いつからやってるの?」

「入ってすぐだったかな…。」

私は、変だと思った。影山は、私には授業を受けないでもいいと言った。むしろ受けない方がいいとまで言った。なのに、日下は最初から受けている、どういうことなんだろう?


(第4話に続く)


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