みなさん こんにちは。

 

今回はアルコホーリクス・アノニマスの書籍『12のステップと12の伝統』に登場する

「ワシントン運動」の歴史について深堀りします。

 

 

 

『12のステップと12の伝統』の伝統10(p243)に、「一世紀前、ボルチモアのアルコホーリクの間で始まったワシントン協会の運動~」

 

この文章を読んだとき、多くの方は、

 

「ワシントン協会の運動って何だろう?」

 

 

と思ったことでしょう。

 

 

ワシントン運動(Washingtonian Movement) の歴史

 

ワシントン運動は英語でWashingtonian Movementと呼ばれ、この他にも、Washingtonian Temperance Society または、Washingtonian Total Abstinence Societyと呼ばれています。

 

この組織が結成されたのは、1840年メリーランド州・ボルチモアの酒場Chase's Tavern

で6人のアルコホーリク、

 

ウィリアム・ミッチェル、ジョン・ホス、

デビッド・アンダーソン、ジョージ・スティア―、

アーチボールド・キャンベル、そしてジェームス・マック―リーによってです。

(出典:ウィキペディア)

 

特徴としては、

 

  • 宗教色が薄い
  • 飲酒者自身がお互いを助ける
  • 既存の禁酒団体とは異なるアプローチ

 

この協会は全米へ急速に広まり、数十万人規模へと成長していきました。

 

 

既存の禁酒団体として、下記のような団体がありました。

 

  • American Temperance Society(アメリカ禁酒協会)

  • Sons of Temperance(節制の息子たち)

  • Good Templars(良きテンプル騎士団)

  • WCTU(女性禁酒連合) ※WCTUは後期の団体ですが、禁酒運動の主流派としてワシントン運動と思想的に対立しました。

 

これらは宗教的・道徳的禁酒を重視し、 「飲酒者自身が互いを助ける」というワシントン運動の方法を軽視または批判しました。

 

 

既存の団体は、当初ワシントン協会を歓迎しましたが、会員獲得をめぐって緊張が高まりました。

 

会員構成や対象とする人々との点でも従来の禁酒団体とは異なっていました。

 

従来の禁酒団体は聖職者や裕福なキリスト教徒の男性によって主導されていたのに対して、ワシントン協会は中産階級や、労働者階級の支持者を惹きつけ、そのメッセージは社会改革的なものへと変容していったのです。

 

引用:westport history society. 

 

ワシントン運動が崩壊した理由5つ

 

歴史研究では、以下の要因が一般的に挙げられています。

 

1.政治運動に巻き込まれた

 

禁酒法を求める政治勢力に取り込まれ、政治的中立を失ったことが致命的でした。

 

 

2.組織の急膨張と管理不能

 

そもそも6人で始まった運動が、数十万規模に膨れ上がったために、統制が取れなくなって崩壊してゆきました。

 

 

3.社会改革運動へのシフト

 

もともと禁酒運動が目的で始まりましたが、会員数が膨大に膨れ上がったことにより、運動も目的が社会変革運動へと変わってゆきました。

 

とくに、

  • 奴隷制度廃止
  • 刑務所改革
  • 女性の権利
 

などの複数の社会運動に関与したことにより、分裂してゆきました。

 

4.有名人スピーカーの乱用
 

ワシントン運動では、スター講演者を使った大規模集会が増え、個人崇拝や商業化が進んだと言われています。

 
 
5. 宗教団体との対立
 
既存の禁酒団体や教会と競合し、敵対関係になってゆきました。
 
 

 

なぜ、『12のステップと12の伝統』にワシントン運動の失敗を書いたのか?

 

ビル・Wは『AA成年に達する』でこう述べています。

 

「ワシントン運動は、A.A.が学ぶべき最も重要な歴史的教訓である」

 

 

1940年代当時、アルコホーリクス・アノニマス(A.A.)は急速に拡大し、

 

  • お金の扱い
  • 広報の方法
  • 有名人の利用
  • グループの分裂
  • 他団体との関係

 

などの問題が頻発していました。

 

ビル・Wはこのままではワシントン運動と同じ運命をたどるという危機感を持ちました。

 

そして、「A.A.が絶対に避けるべき道」であると考えました。

 

ビルWはこうも言っています:

ステップは個人を救う。 伝統はA.A.全体を救う。

ワシントン運動は、個人の回復には成功したが、組織としては崩壊しました。

 

A.A.は同じ轍を踏まないために、 グループの生存原則=12の伝統 を明文化する必要がありました。

 

 

12の伝統は、ワシントン運動の失敗を踏まえて作られています。

 

伝統1(一体性が最優先)

→内部対立で崩壊した反省

 

 

伝統6(他団体の提携をしない)

→宗教団体・社会運動との癒着が崩壊を招いた反省

 

伝統9(非組織性)

→ワシントン運動は大規模組織化して管理不能になった反省から

 A.A.では最小限のサービス機関のみ

 

 

伝統10(中立性)

→政治運動に巻き込まれて崩壊した経験から

 A.A.では政治・宗教・社会問題に関して意見を持たない

 

伝統11、12(匿名性)

→有名人スピーカーを前面に出したために、宣伝色が強かった

 A.A.では個人の名前をださず、イニシャルのみ、個人崇拝などを防ぐ

 

 

ドクター・ボブの役割

 

ドクター・ボブはビル・Wほど文章を書く人ではありませんでしたが、

 

「A.A.は政治・宗教・金から距離を置くべきだ」

 

という強い信念を持っていました。

 

ビルはボブの精神を反映させる形で12&12を書きました。

 

 

 

今回は、ワシントン運動についていろいろ書いてみました。

 

最後まで読んでくださって、どうもありがとうございます。