13-14●金華山アーカイブ長良川交通公園

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~長良川交通公園~

 金華山の東北山麓、鵜飼い大橋付近にある打ちっ放しゴルフ練習場の場所にかつて長良川交通公園プール(昭和四十二年)があった。屋外流水プールやジャンボ滑り台、なかでもパンダプールは子どもたちに大人気で列をなして滑る順番を待った。
 冬はプールの水を凍結させスケートリンクとしても営業するなど当時、最先端の設備を備えていた。県外からも観光バスが集まるほどの全国でも屈指のレジャー施設であった。
 平成十一年、プール兼スケート場は惜しまれつつ閉鎖となりました。今後、再開発にともなう新たなビッグプロジェクトが展開されることが期待されています。
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40代以上の岐阜市民は懐かしいと思わず叫ぶ。

流れるプール、ジャンプすべり台。

まだ、ウォータースライダーとかしゃれた言葉がなかった時代です。

東海地区の子どもたちは流れるプールと呼び、とてつもないわくわくを感じていました。

今で言うとUSJのような魅力的なテーマパークでした。

そんな長良川交通公園をウラキンカザンダヨリに掲載するためにいろいろと当時の事を調べてみました。

そして、水道山プラネタリウムと同様、詳しい情報がなかなか見つけられないんです!

まず、写真がない。年配の方ならだれでも知っているのに写真となるとないんです。

誰もが、写真撮ったと思うけどアルバム引っ張り出さないと分からないとか。

鮮やかな記憶があるのに肝心の写真がホント見つけるの大変でした。パンダプールの写真もネットで探しても

パンダプールマフィン
 

ぐらいしか見つかりません。

 

そこで大本に取材に行きました。

そう、株式会社長良川交通公園。

今はもう閉鎖されましたが同経営でコウエンボウルというボウリング場がありました。

そこが本社でしてそこの支配人に当時の写真をいろいろお借りしました。

詳しくはウラキンカザンダヨリを読んでいただくとして

かいつまんで話すと、

まず、この長良川交通公園ってなんで交通?って思いますよね。

この公園、もともとはプールやスケートはありませんでした。

最初はヘルスセンターを作る予定だったみたいですけど

なぜか、ゴーカードなど乗り物で交通規則を学ぶ交通公園になったそうです。

昭和34年頃、高度成長時代で全国の交通事故が多発していて交通規則の啓蒙活動として始められたとか。

そして会社もそのノリで株式会社長良川交通公園としたんだと。

その後、ゴーカードとか乗り物だけだと採算がとれないということで

夏場にプールを始めたところ大当たり。その後、流れるプール、パンダプールやジャンボ滑り台、冬はスケートリンクで岐阜の観光史に金字塔を打ち立てました。

その後、この会社「マンモス」というホームセンターも始め、それがまた当たり相当儲かってたみたいです。

ホームセンターを経営する会社が株式会社長良川交通公園というのもなかなかシュールです。

 

15●金華山案内info

※25号の主な設置場所※現在と違う場合があります。

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金華山だより春号VOL.24
はじまりの岐阜公園

1-2●目次 はじまりの岐阜公園

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はじまりの岐阜公園

 今はポケモンGOのポケストップとして話題の金華山の西山麓にある岐阜公園、その歴史は古い。
 明治15年に開園した岐阜公園(当時は丸山公園)は当初はあまり人気がなく開発もむなしく数年後には再びひとけの無い草むらになってしまっていたようです。
 明治37年京町から名和昆虫研究所が移転したのをきっかけに明治41年岐阜武徳殿、明治43年には金華山山頂に模擬天守も建設され、再び岐阜公園に賑わいが戻ることになりました。
 それからも昭和11年躍進大博覧会(3月~5月)の開催、昭和30年頃から金華山ロープウエーの開業をかわきりに岐阜城の再建、動物園、淡水魚水族館、児童科学館、県立図書館など立て続けに作られ、※昭和60年に岐阜市歴史博物館が開館し、昭和30年からの金華山総合開発計画の区切りがつきました。
 このようにいつの時代も岐阜公園は文化の始まりを担ってきました。そう、岐阜公園は「はじまりの公園」なのです。

 

絵:明治43年頃の岐阜公園

 

※動物園・淡水魚水族館:平成11年閉館・岐阜県立図書館:岐阜市宇佐に移転・児童科学館:岐阜市科学館 岐阜市本荘に移転
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目次
はじまりの岐阜公園    3-4
金華山の植物    5
金華山の動物    6
登山道マップ    7-8
連載漫画 金華登65歳    9
裏金華山だより出版のお知らせ    10
連載漫画 お城ロボ    11
登山道で出会いました!    12
金華山アーカイブ(岐阜公園)    13-14
金華山info    15

 

3-4●はじまりの岐阜公園

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 金華山の西側山麓、岐阜市大宮町千畳敷一帯に岐阜公園があります。
 その場所は斉藤道三が美濃を治めるようになる一五五〇年頃までは単なる林だったようです。
 運輸の要となる長良川を重要視した道三は朝日の当たらない金華山西面山麓に街づくりをはじめました。
 道三は長良川流域の豊富な商材流通を活用して合理的な商業都市をめざしたのです。それは後の信長時代にもさらに拡張して引き継がれ当時、岐阜町は大変な賑わいだったようです。千畳敷あたりも豪華絢爛な信長居館や庭園など作られていたことが当時岐阜に滞在していたルイス・フロイスの書簡に記されています。
 しかし、一六〇〇年関ヶ原の戦い以後、千畳敷あたりの主だった建造物はすべて加納城へ移築されてしまいました。さらに金華山全体は幕府直轄の御料地として以後約三百年間、立入を厳しく管理され、庶民には縁の無い場所となってしまいました。


絵 昭和11年 躍進日本大博覧会
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 その地が再び庶民に開放されたのは明治十年、岐阜中教院の建設をきかっけに丸山公園として整備され始め、明治二十一年岐阜公園として本格的に開発されはじめました。
 大正に入ると大正天皇即位記念として三重の塔が建設(大正五年)され、同時にその周辺もさらに充実した公園整備がすすめられました。
 昭和十一年躍進日本大博覧会が岐阜公園一帯で開催され岐阜公園はかつてないほどに大々的に開発整備されました。
 その後も岐阜公園は常に市民の憩いの場となり岐阜の観光の中心地として存在しつづけています。 P13につづく

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5-6●金華山の植物、動物

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【マンサク】 
万作・満作
〔マンサク科マンサク属〕
 日本の太平洋側から九州まで広く分布する落葉小高木。3月~4月の早春に葉の展開に先立って花を咲かせます。
 黄色い花びら(花弁)は4枚で、茶色い4枚の萼片とのコントラストが特徴的です。 ねじれたリボンのような黄色い花を沢山つけた姿は、不思議な美しさを漂わせます。
 葉は卵形で、互い違いに生え干したものには止血作用がある。
 名前の由来は2説あり、1つは早春に咲き始めることから、「まず咲く」「まんずさく」と東北地方で訛ったことからという説。2つ目の説は花が枝に満ちる様子「豊年満作」から名付けられたともいわれています。
 金華山では鼻高コース中腹や唐釜コースなどで見ることができ、まだ色さびしい早春の登山道に、ひときわ華やかな姿で登山者の目を楽しませてくれます。

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【ヤマドリ】山鳥
〔鳥綱キジ目キジ科ヤマドリ属〕
 日本固有種の鳥で低地~低山の林に留鳥としてすみ、地上で植物の種子や昆虫などを餌にしています。
 オスは尾がとても長く90㌢にもなるものもいます。メスは尾が短く、しかも楔形をしています。全身が赤っぽい褐色で縦斑がありますが羽色によっていくつかの亜種が区別されています。
 声を出してさえずることは無く、オスは繁殖期に入ると翼を激しくはばたいてドドドドドッ…と羽音をたてて、さえずりのかわりにしています。
 金華山では春先にめい想のこみちの中腹あたりで運がいいと藪の中でガサガサと音をたてて餌をあさっている様子を見かけることがあります。

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7-8●金華山登山道マップ