大好きな服たちを200円で売りました。







自分が良いと思うものは売れる。


自分が良いと思う人に売れる。


200円の価値を知る。


このおにぎりは、あの大好きな服たちと一緒。


このおにぎりは、私を構成してくれるもの。




こんばんは。藻塩です。




中には服を「安すぎ!」って言ってくれた人もいて、


あーーーー価値を知ってくれる人が、私以上の価値を服に与えてくれるって思ったら嬉しくなりました。


「200円なら失敗したっていい、新しい世界に飛び込める」と評してくださった方もいて、


共に新しい世界に行こう、って思った。




そして、粗雑な扱いをしてたら恒例の食器を割る…


ああ…やらかした。




最近、すごく傷つくことを直接言われて、


ものすごく凹み、なやみ、苛ついた日々だったのですが、


自分の服たちを手放した経験と、珠玉の作品をアマプラで観て、


あー…なんというか…


私は随分、表面のざらっとしたところに反応してたんだなー…って思いました。


凹み、なやみ、苛つき、苦しんでいるのは、私だけじゃないって、思えたのは大きかった。


逃げて価値観の共有をしないのだからなにも生まれないなって思った。


作品って偉大です。


あと、愚痴を聞いて味方になってくれたり、フラットに意見言ってくれた方々、ほんとありがとう。


支えられているって、こういうこと。


これも作品を通して実感したこと。


苦しい時は、また観よう。








服の販売を通して、ディスプレイセンスを褒められたのが嬉しかった。


選び取るセンスも表現力も着実に磨かれてる。


思いをモノにのせることもできるようになってる。


あと、


私は理解力が高くて計算高くて自分のこと第一に考えてる。




いい加減認めなきゃなあって思った。




基本、感受性からの直感で理解してるので、

思い通りにピタッとハマる時と外す時の差が大きい。


今回の凹む出来事は、ピタッとはまってたけど、そんなに傷付けられたことに対しての嫌悪感が大きかったかあーって感じ。


見誤ってたなあしまったしまった。


最近、この見誤り多い。


他者を軽んじてるんじゃなく、それくらい耐えられると思ってた。ごめんね。大事だったんだね。








ということは、メンタルもずぶとくなってきてるぞ。


あと、やっぱりまわりと合わなくなってるぞ。


うへぇしんどい。


合わないなりに、あとちょっと頑張りますか。


合わないので、昔の自分を演じるのは辞めましょうか。








200円の価値。


大事だったもの。


200円って少額かもしれないけれど、大事な大事な私を構成してきた価値。


知っているのは私だけでいい。


しがみつかなくっていいもの。


ありがとう。