尊重の無いところに、迎合する必要はない。





「何か大きなことを達成しようとするほど、細かな仕事がある」



好きな言葉のうちの一つです。

何か目標達成するにあたって、些事をこなす。

目標達成の悲願は一緒なんだからと依頼の手間を省こうとする私に、先輩は「そういうのが大事だから」と優しく教えてくださった。

今ならわかるけれど、それは正しかった。(実際それを行った当時の私、偉い。何より指導してくださった先輩に感謝。知れてよかった。)


その人には、その人の立場や事情がある。


同じ目標を達成するにあたっても、できるできないがある。

狡く使われるという感覚を持ってしまうと、嫌悪感が酷い。

それは信頼関係の問題だ。












一つ、職場の皆でやらなければいけないことがあるのだけど、

まあザル。

相変わらずの無計画さ。

そして使われる。

私が責任持つべきところを、責任が無いよう表記された、それだけ。

「それだけ」が非常にムカついた。

え?間接的に頼ってるのに、何この扱い。

虫が良過ぎる。

清貧?それを強要するのか?

まだ1ヶ月先のことを、きちんと確認も説明もせず、やれだと?













怒りに支配されない練習だろうけど、

ここ最近の身勝手さにカチンときてるので、

遠慮なく、無責任にお休みしようと思います。

「責任者扱いされないのに責任者」という現状が不快だし不満。

どうぞご自分たちでやってください。

説明も指示も、どうぞ自分たちの力だけでやってください。

ペラい計画、熱の無い杜撰なモノで人が動くと思うなよ。

好意や人の良さに託けて人を使う無礼を、私は受け入れない。拒否する。

私の尊厳は私が守る。単純にそれだけ。