起こったその時は、気持ちを味わうことしかできない。
その積み重ねが理解や納得を生み、希望が生じる。
わあおー!朝日!!
※別の日の別の場所で。
おはようございます。藻塩です。
蠍座の満月!ということで何かしら表現したかったのですがピンと来ず、欲求にかまけて就寝、ものすごく早く起きることができました。
何かしら表現したいってことだわ。
久々に自分が安定していることで、他者へ提供できる何かがあることを実感できる誇らしい1日でしたよ。珍しい!!!
直近の会議で、私はドッと疲れていたのです。
感情的に正義を振りかざす人のエネルギーに影響を受け、疲弊していました。
悲しく息苦しい。
怒りの根底にあるのは寂しさと悲しさ。
その寂しさと悲しさを、自己主張でぶつけるその人の本心は察することができるけれど、
だから私は貴方が嫌いですって気持ちで自分を防衛していました。
いやホント勘弁してくれぐったりだよー
エネルギーが強い人の駄々は、(どんなにその境遇が酷いもので同情に値するものだとしても)当事者の過去の追体験から起こる復讐みたいなものだと認識しているので、それに付き合わされる感じで終わってみれば辟易している。
付き合ってみたけど、暴走列車なので、私の優しさ(自分で言う)は届いたかわかりません。
寂しいけど、それはそれで良いのです。
それはそれでしょーがない。自分のために付き合いたかったんだもの。
暴走列車に降った恵みの雨(自分で言う)に、当事者が気づけるか?と考えると無理だと思う。
私だったら無理だわ。気づかない。
だって暴走してるんだもの。
止める警察や鬼殺隊のような権限も勢いも私には無い。
過去、暴走の君の暴走に、一対一で巻き込まれたことがあって、その暴走っぷりに痺れる憧れるゥ!って陶酔しかけたことがあります。
でも、奥底で「傾倒してはならない」と理性が働いてくれまして、レッツ陶酔!ではなく、長期の自己陶酔のみで終わりました。
私が暴走の君に求めるものは、今思えば、「違いの認識と共有から生み出す世界」だったのだと思います。
別の依存分野に夢中だったというのもありますが、レッツ陶酔しても幸せになれないのが私の中でわかっていたのだと思う。
暴走の君は、同じであることを強く熱望しているように感じて、それがしんどかったし、
ぶっちゃけ「唯の暴走に巻き込まれただけ」でした。
受け入れるのに、随分時間がかかりました。
怒りが及ぼす他者への影響を少なからず知っているつもりの私は、味わうしかない自分の感覚に翻弄されど、ようやっと少しずつ暴走の君と自分の違いを本当の意味で受け入れつつあります。
昨日、何年ぶりに自分から話しかけたっけ?(長期スパン)
この「話しかけるだけ」が私には出来ず、逃げ続けていたのですが、久々にサラリと話しかけられました。
最低限必要なことは話しかけていましたが、別に話しかけなくって良いことをスッと話しかけてた自分にビックリです。
それができたのは、暴走さんとどう関わるかを自分の中でなんとなく決めることができたからだと思うのと、
実際、暴走に付き合って、自分はそのままで大丈夫、暴走に流されないということを理解したのだと思います。
付き合うことで、私が私であることが変わらないことが私の中で証明され、かつ、集団に貢献できることがあったからです。
暴走の場は苦しくて嫌だったけど、結果オーライ数年越しに話せるくらいの自己肯定感ゲットだぜ!ということか。
わあ!暴走さん!!
打ってて整理できたよありがとう。
でも一番は、暴走さんとの関わりでなく、犬仲間と呼んでる人と何だか最近ぼんやり距離が近いのが嬉しいのです。
これは私が安定してるのと、いいなー好きだなーっていうのが伝わってるからだと思う。
別段どうなりたいってのはないけど、友好円満な関係はポカポカする。
あとは、今まで支えられてた人の弱音を聞き不安定ながら、どう進んでいくか言語化できたことも大きい。
気持ちを言葉で表現できるようになるって嬉しいね。
当たり前の支えがあって、気づけることがあるし、貢献できることがある。
そう体感した1日でした。
さあ、動き出そう。
新しい世界へ。


