夜明けとともに、今度は完全武装のドイツ兵一個分隊が老人と畝を包囲した。当時、フランス中はドイツ軍の占領下で、民間人が銃でカラスや強盗を追い払うなど考えられないことだったのだ。
老人の武器はもはや、農作業用の鎌しかなかった。彼は柵に使っていた鎖を使い、即席の鎖鎌を作ってこれに立ち向かった。ロングレンジの攻防一体のそのスタイルは勝ちにおごるドイツ兵たちを震撼させた。
何回転かしてじょじょに勢いを増す鎖鎌。窓の隙間から数々の死闘を見守っていた少年はアドレナリンの分泌を抑えることができなかった。いまにあの鎌が、いまいましいドイツ兵どものそっ首を宙に舞わせることになるのではないか。
しかし、慣れない東洋の武器の扱いは老人にはあまりにも厚い壁過ぎた。(※註)鎌は誤って葡萄の樹を直撃、房をぶらさげていた枝を叩き折った。残り半分になっていたその巨大な実は全て地上に落ち、あまりの自重にさらにその半分はつぶれ、蟻たちを大いに喜ばせることとなった。
老人は自らが招いた、あまりにも衝撃的な葡萄の末路を嘆くあまり、その場に昏倒した。
「おい、誰かこの爺さん射ったか?」下士官の問いに、ドイツ兵たちはみな首を横に振った。
押収した弾のない散弾銃を見た兵が言った。
「こりゃ弾なくなって、ツイてたんだ、爺さん。銃身がすり減り切ってる。次、射ってたら破裂してただろうな」
「だってよ。ツイてたな、爺さん」別の兵がブーツで老人の脚をかるくこづいたが、もはや老人はなんの反応も示さなかった。
「軍曹、死んでます」
士官は辺りを見回して、眉をひそめた。
「ここの畝は戦場でもないのに死体だらけだ。我々が殺したのではないことだけは、村の代表にはっきり伝えておけ」軍曹と呼ばれた男がそういい捨てると、彼らは足早に引き上げていった。
息絶えた老人の周りに集まった人々は、もはや4分の1になった葡萄の大きさと、死臭を上回るその芳醇な香りに目を見張った。
わずかに残った葡萄も見て少年は言った。
「父さん、あれでハーフボトル一本分ぐらい、ワインが出来ないかな?」
そんな無駄な手間を掛けれるか、という言葉が父親の喉元まで出かかっていたが、彼はそれを寸前で飲み込んだ。
「好きにしろ」
身寄りのない老人の畑は競売に掛けられるほどの面積もなく、村の中で分けられて管理されたが、あの畝のあの樹は、やがて成人した少年が今も世話を続けているという。
(※日本でも「くさりがま」と聞いてピンとくるのは白土三平にハマった一部の大人だけだと思われる)
どうだろう、この逸話だけでも
古木のスゴさの片鱗が伝わってきたのではないだろうか?
あ、例の古木と今度のヌーヴォーの古木は直接関係はないぞ。そこは断りをいれておく。
ただ、フランスにはこれぐらいの伝説級の古木がまだまだニョキニョキ生えている。
ニューワールドのワインのレベルも確かに上がってきているが、歴史や伝統は容易にはついてこない。
フランスだけがワインを語れるというつもりはないが、「そういう一面」もあるというのが今回の話でご理解いただけたら幸いである。
というわけで今年一押しは60年古木の「ヴィエイユ・ヴィーニュ」、100年古木の「ヴィーニュ・サントネール」こいつを世界一早く開栓するために私は来日した、と言ってもいい。
まぁ現状は落下傘降下中だから叶うかどうかは微妙なところだが・・・・お、もう迎えの船がこっちにきている。「海上保安庁」とか船体に書いてあるな。甲板に人がたくさん出ているが、どいつもこいつも怖い顔をしているな。おーい、こっちだこっちだ。あれ?ロープのついた浮き輪の換わりに、網を投げつけてきたぞ!?
私はサカナではない!魔人だぞ!国際問題だぞ!こら!