こんにちは。
ぶどうさんです。
ご訪問ありがとうございます。
今朝二度寝して5分寝坊しました。
支度がすべて後ろにスライドしました。
朝の5分は大きい。
昼の5分と何が違うんでしょうねえ。
本日にぶいのお話です。
お昼間に疎遠になっていた知人から電話があった。
会話は10年近く前にしたきり、送ったメッセージへの返信がないままになっていたので、もう連絡を取る気はないのだろうと思っていた。
なにごとかと慌てて受話器を取った。
すると、共通の知人からメッセージが届いたのだけど、その方は何の用かしらないかということだった。
うん、しらない。
少々思い当たることはあるが、ズバリはわかりかねる。
けれど電話の主が本当に知りたいのは、連絡先を教えたのかということだったようだ。
これに関しては、「なんとも」、だった。
多分、教えてはいない。
けれど連絡を絶った期間が10年近くなので、もしかして知らせたのかもと自分自身を顧みた。
記憶はない。
ただ、双方トラブルがあったことは知っていたので、易々とは教えていないだろうとは思われた。
そこに気持ちが集中していたせいか、まさか自分が疑われているとは思わなかった。
ご本人が電話の途中で、あなたを疑っているような発言でごめんなさいといったのでやっと気が付いた次第。
鈍い。
鈍すぎる。
それでもトラブルの当事者ではないし、それぞれに何の思いも抱いていないので平静な気持ちで会話を続け電話を切った。
居場所さえ教えてもらえないままだった。
もう次はないのかも。
すでに関係を切ったつもりの人間に電話をかけるとなれば、葛藤しただろう。
それでも、より知られたくない人間に連絡先を知られた不安と、それをばらした人間への怒りが行動に移したのだろう。
あれ?
ぶどうさん、随分な目に遭っている?
文章を書きながらやっと気が付いた。
やっぱり鈍い。
ちょっと頭が悪いのだろう。
これは今に始まったことではなく、兄弟げんかにしろ、夫婦げんかにしろ、他者とのいさかいにしろ、後になってあれ?と気が付くのだ。
その時言い返せなかった悔しさが、あとから噴き出してくる。
それだけではない。
言いくるめられて、うまく使われちゃうんだな、これが。
でもねえ。
いったん外に出た言葉は取り返せないし、言ってしまった、やってしまった後悔のほうが大きいのも知っている。
鈍いのは、悪いことではない。
うまく使われちゃうのは癪だけど。
それもまた、他人を顎で使う人は必ず顎で使われるし、徳も信用もたまらないのだからお気の毒様だ。
鈍くてもゆるく、たおやかに生きていく方がいい。
人生は、何がよくてわるいのか、何が成功で失敗なのか、何が得で損なのか。
最後の最後に評点しなければわからないようになっている。
だからその時々に、よいと思うことを選択し、よいものを得るよう努力し、分かち合える人間でいたいと思う。
死んだあと褒めてくれるのは、親でも神様でもない、もっとおおきな、なにか。
なんだろうなあ。ワクワク。
褒めてもらう気満々なのが図々しい(笑)
自分が参加した世界の遠い未来のありようが美しいものになるよう、少々鈍くても志高く生きていくつもりのぶどうであった。