こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

クリスマスリースを飾りました。

 

あと10日ほどしかないのですが・・・。

 

気分はクリスマス!

 

当日を待つばかりです。ふふふ。

 

 

本日予定を変えてのお話です。

 

 

年内最後のピアノのレッスンを受けてきた。

 

まだ月半ばなので早すぎではあるが、来週以降羽を伸ばせるのでうれしい。

 

秋の発表会後の曲は、ベートーベンソナタ6番1楽章のみしかできていない。

 

満点合格ではなく、年末なので一区切りで終わりにした。

 

速度が半分もいかないスローペースでしか弾けていない。

 

リズムはよろよろ、レッスンしなおしでなんとかOKがでたくらい。

 

落第ぎりぎり。

 

楽譜はスッキリ見やすいのに、音譜もさほど複雑ではないのに、なにやら難しかった。

 

ベートーベン、相性がわるいのか。

 

ベートーベンが弾けないとなると、何のためツェルニーに時間を費やしているのかわからなくなる。

 

そういうツェルニーは、年越してやることになった。

 

前回仕上げして次の曲を見るようにと言われたのに、仕上げどころか左手のやり直しをした。

 

なんとなく弾いている(何度も言われている)ので、最初から左手のみ弾きなおしでレッスンをうけた。

 

ツェルニー40番の曲をもう2か月以上弾いている。

 

あほちゃう?と自分で突っ込みたくなる。

 

ある意味クレイジーだと思う。

 

人生の時間は有限だ。

 

ピアノ、辞めちゃう?と頭をよぎる。

 

無駄に練習はしているつもりなので、練習方法が悪いか根っからピアノのセンスがないか。

 

どっちもか。

 

もう弾きたくはないというのが本当の気持ち。

 

できてもいないものをスルーしたり放置するのも、なんだか違う気はするけれど。

 

これをやったところで何もつながらないので(ベートーベンソナタ、4か月経ってもひけてない)何のためにやっているのかわからない。


ピアノのレッスンは、目的や目標がなければただの娯楽であり、時間とお金の究極の無駄遣いだと思う。

 

辞めても続けても。

 

それでも今はしがみついて、もがいている。

 

執着である。

 

ああ醜悪。

 

ツェルニーはだめだったが、ソナタのほうは区切りがついたので次の曲に行くことにした。

 

年末なので発表会の曲を決めた方がよかったが、これと言って案はなかった。

 

お師匠も発表会の曲のことには触れず、ただ「次どうする?」としか言われなかった。

 

ベートーベンソナタは一年に一楽章だけ、と決めていたので、続きをするつもりはなかったが、意外やお師匠が「3楽章はどう?」とすすめてきた。

 

ところが「1楽章やって3楽章なのは、なんだか変だわ~」ということになり、なぜか2楽章をすることになった。

 

発表会の曲が気になるので、2楽章はいったいいつ上りになるんでしょうか?と、喉元まで出かかった。

 

この分では、2楽章終わったら、3楽章になるのだろうか・・・・・・。

 

発表会の曲は、じゃあどうしよう。

 

他の曲をするにしたら、間に合わない。

 

考えた末、再開5年目はベートーベンの年にすることにした。

 

レッスンで全楽章弾けばいいのだ。

 

多分6番だけで1年かかるだろう。

 

1年かかっても完全には弾けないだろうし。

 

それにしても、この曲を1年もする人いるんだろうかと、情けない気持ちになった。

 

ここで躓いているので、他の作曲家の曲を弾けるようになる日が来るとは思えなくなった。

 

ベートーベンソナタは32曲。

 

32年後、90歳超えている。

 

後期の作品を1年で弾けたら、の話だけど。

 

人生100年時代とはいえ、寿命があと100年くらい必要になってしまった。

 

人生諦めが肝心かと、ピアノ再開5年目、早くも万歳したぶどうであった。